Ⅸ.胡蝶蘭

11/18
前へ
/259ページ
次へ
 応答すると、光沢の施された重厚感のある扉が開かれる。臍の下で手を組み智春を迎えると、何か言おうとしていた唇が中途半端に硬直する。彼の時間だけが止まっているかのように錯覚した。 「あの、智春さん?」 「え……あ、すみません」  重たい前髪の奥で、さらに瞳が伏せられる。この反応には心当たりがあり、久々のドレスもしっかり似合っていることを実感した。 「準備、大丈夫そうですか?」 「……はい。それであの……」 「うん?」  何かを言い淀む智春。すると、開かれた扉の向こうから神妙な顔の八坂が現れる。  着替えとへアセットの間、契約内容とイメージの擦り合わせを二人で済ませてくれていたはずだが、何かあったのだろうか。 「とりあえず、急いで詳細を話します。俺からでいいですよね、日枝さん」 「はい」  音を立てないよう配慮され、扉は静かに閉じられる。 「小國さん。今日は“花嫁”になりきれますか」 「え……?」  重々しく口を開いた八坂の言葉に、私は息を呑んだ。  ————…… 「足元、大丈夫ですか」 「はい」  長い廊下をエスコートするのは智春の手。振り向く彼は赤茶色のスーツをサラリと着こなし、重たい前髪はワックスで持ち上げられていた。 「すみません。急な依頼変更で」 「いえ。今日は初めから、智春さんの花よめなので」 「……ありがとう、ございます」  先ほどと違い髪がセットされているせいか、赤みがかった耳元と頬がしっかり窺える。
/259ページ

最初のコメントを投稿しよう!

240人が本棚に入れています
本棚に追加