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応答すると、光沢の施された重厚感のある扉が開かれる。臍の下で手を組み智春を迎えると、何か言おうとしていた唇が中途半端に硬直する。彼の時間だけが止まっているかのように錯覚した。
「あの、智春さん?」
「え……あ、すみません」
重たい前髪の奥で、さらに瞳が伏せられる。この反応には心当たりがあり、久々のドレスもしっかり似合っていることを実感した。
「準備、大丈夫そうですか?」
「……はい。それであの……」
「うん?」
何かを言い淀む智春。すると、開かれた扉の向こうから神妙な顔の八坂が現れる。
着替えとへアセットの間、契約内容とイメージの擦り合わせを二人で済ませてくれていたはずだが、何かあったのだろうか。
「とりあえず、急いで詳細を話します。俺からでいいですよね、日枝さん」
「はい」
音を立てないよう配慮され、扉は静かに閉じられる。
「小國さん。今日は“花嫁”になりきれますか」
「え……?」
重々しく口を開いた八坂の言葉に、私は息を呑んだ。
————……
「足元、大丈夫ですか」
「はい」
長い廊下をエスコートするのは智春の手。振り向く彼は赤茶色のスーツをサラリと着こなし、重たい前髪はワックスで持ち上げられていた。
「すみません。急な依頼変更で」
「いえ。今日は初めから、智春さんの花よめなので」
「……ありがとう、ございます」
先ほどと違い髪がセットされているせいか、赤みがかった耳元と頬がしっかり窺える。
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