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なんだか見てはいけないもののような気がして、私は雪見障子の外を見据えた。庭園に薄く広がる雪が見えた。
智春の元々の依頼は、『前撮りを模した写真の現像』のみ。それが八坂との打ち合わせ中に一転した。
その内容は、智春の祖母君へ新郎新婦を実際に披露すること——。
智春は、在宅医療を受けている祖母君に『結婚する』と嘘を伝えていた。
<自分の夢を一番に応援してくれた、祖母の夢を叶えたい>
彼の祖母君は『死ぬまでに、智春の晴れ姿が見たい』と口癖のように言っていたのだという。しかし、在宅医療を受けている彼女は末期癌を患っており、先ほどの訪問看護で容態が悪化していると診断を受けた。
「前撮りだけの予定が、すみません。……写真の現像を待っていたら、間に合わないかもしれなくて」
応募フォームに綴ったときから「時間が無いことは覚悟していた」と智春は言う。震えを感じ取ったグローブ越しの手は、先日触れた祖母の丸まった背骨を思い出していた。
「一緒にいる母も兄も、enaさんが協力してくれていることを知っています。だから、気を張らないで——」
「智春さん」
被せると、息を吸うようにして智春の言葉が止まる。同時に寝室へ向かう足を止め、彼の冷えきった右手を両手で包み込んだ。
「私は協力者ではなく“花嫁”です。今日一日の伴侶として支えます」
「え、なさん……」
「おばあ様にしっかり晴れの姿、見せましょう。一緒に」
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