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最北の離島で生まれた私の初恋は、都会のショーケースに入っていた。
ホワイト一色で仕立てられたその衣裳は、黒い海に囲まれて育った少女の瞳に、一層眩く映し出される。恍惚とした視線に揺らぐことなくしゃんと立ち、一色とは思えないコントラストの濃淡が心を踊らせた。
えなちゃんがあれに体を潜らせるのは何年後かねぇ——。
唯一の肉親である祖母が、ショーケースに薄く反射した少女と目を合わす。思いを馳せていた少女を見兼ねたのか、『ばあちゃんが着ていた衣裳、たしか未だうちにあるはずだけど、着てみるかい?』と祖母は続ける。しかし少女は首を振った。
『まだ大丈夫。私ぜったい、自分のちからで着られるようになるから』
あの頃。かの少女が放った言葉は、当人である私の脳裏にしっかり絡み付いている。
『自分のちから』とはつまり、あのとき着ておけばよかったなどと言わないための呪縛。もしくは、お嫁さんになる前に着てしまうと婚期が遠退く、と案じていたからだろうか。
しかし、齢十二の少女がそこまで見越していたとは考えにくい。おそらく『お嫁さんになるときにちゃんと着たい!』と含ませたかっただけな気がする。
少女は、『それまで仕舞っておいてね。おばあちゃん』と小指を差し出した。
瞬間、初恋は夢になった。
夢を目指した努力は決して怠らなかった。
所々で、『えなちゃんは島で一番別嬪さんね』と地元の大人は謳ったけれど、決して慢心はしなかった。若かりし祖母が東京の大学で《初代ミス××》の証として手に入れたガラスの靴と、毎日暮らしていたからかもしれない。
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