五十嵐side目が離せない後輩

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五十嵐side目が離せない後輩

最初からだった。長谷部 侑が新入部員として入部してきて直ぐに、俺は彼から目を逸らせなかった。印象的な眼差しと醸し出す空気が独特な長谷部は、大抵の新入生たちの持つ小学生の子供っぽさなんて微塵も感じなかった。 中学では珍しい弓道場のあるこの学校で、見学者の多い中でも友達と群れる事もなく俺たちの説明を真面目に聞いていた。お試し体験の弓のつがえ方は、さすがに筋力が無かったけれど姿勢が良いせいか筋が良くて、その立ち姿にチラチラと部員も目をやっていた。 だから彼が入部した時は心の中でガッツポーズしたし、無意識に贔屓してたのか長谷部が俺に懐くのは直ぐだった。それに長谷部は一人っ子のせいか、人との距離感がおかしかった。 話してるといわゆるパーソナルスペースと言われる45cm を割ってる事もしょっちゅうだったし、そうかと思うと妙に遠い時もあった。まるで懐かない猫がうっかり近づいてしまった様なその距離感に、俺は段々胸がザワザワしてきていた。 「なぁ、長谷部って一年の間じゃ結構有名らしいぜ。まぁ、あいつってちょっと人と違うもんな。本当に中1かって思う時あるよ、俺。友達がいない訳じゃないだろうけど、結構一匹狼っていうかさ、そんなの中学生でかっこよすぎだろ。 あいつ将来芸能人にでもなっていそうじゃん?一人だけ何か目立ってて。そんな派手な顔じゃないけど、よく見たら綺麗な顔してるよな。」 そう噂する同級生や先輩たちに表立って賛同はしなかったけれど、少しづつ長谷部が俺に懐いてきた事を自覚していた。長谷部は同級生たちと比べると大人っぽい佇まいの割に、案外甘えん坊な所があった。 多分慣れて来ないと見せないその側面は俺をますます長谷部に注目させたし、魅了させた。その頃には学校の廊下で俺を見てにっこり微笑まれると、胸がドキドキしていた。 流石に俺もこのドキドキが何を意味するのかに気づいていた。だけど長谷部は男子だ。女子だったら問題のないこのドキドキは俺を悩ませた。結局俺は長谷部への恋心を抱えたまま引退の日を迎えた。 これから部活で顔を合わせる事がないという事実は、俺を大胆にした。俺の引退を残念がる長谷部に俺は話があると放課後公園に誘った。 「五十嵐先輩がもう引退なんて早いですよね。僕もっと色々教えてもらいたかったのに。」 そう寂しそうな顔で俺を見つめる長谷部に、俺は喉を鳴らして言った。 「…あのさ俺、長谷部に話があるんだ。俺、長谷部が好きだ。こんな事言われても困ると思うけど、でももう黙っているのも苦しくて。」 そう言いながら少し声が掠れてしまった。感情が高まって何だか泣きたくなった。でも目の前の長谷部は俺を真っ直ぐ見つめて言った。 「…ありがとう、五十嵐先輩。僕も先輩のことは尊敬しているし、…好きです。でも僕大好きな人がいるんです。」 そう言って困ったような顔をした。俺は分かりやすく息が詰まって、逃げ出したくなった。 「…ごめん。迷惑かけるような事言って。」 すると俺をじっと見つめた長谷部は思いがけない事を言った。 「でも僕その人とは絶対上手くいかないって分かってるんです。…だから、先輩に僕の大好きって気持ちはあげられないけど、先輩と時々二人で会うとかじゃダメですか。僕、先輩の事は普通に好きですから。それでも良ければ…。」 それから俺たちはメッセージを送ったり、時々こっそり校舎の屋上に続く階段で会って話す様になった。でも俺は長谷部の事が好きだったから側に居たら抱きしめてキスしたくなってしまう。あの目を見たら心臓が飛び跳ねて欲情してしまう。 それが段々苦しくなって、俺はある日長谷部から目を逸らしてとうとう言ってしまった。 「俺、長谷部が好き過ぎてキスしたくなる。でも長谷部が俺のことそこまで好きになれないのも分かってるんだ。だから側にいるの辛い。」 その時、長谷部のしなやかなひんやりした手が伸びてきた。それから俺の頬を優しくなぞって引き寄せると、長谷部は顔を近づけて俺の唇にそっと触れるようにキスした。俺が目を見開いて何が起きたのか理解できないでいると、目の前の長谷部は楽しそうに微笑んで囁いた。 「いいですよ、キスしても。僕たちは恋人同士じゃないけれど、特別な関係ですから。それともそれって変ですか?」
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