翔ちゃんの言い分

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翔ちゃんの言い分

 やさぐれた僕が尋ねたのは、ずっとモヤモヤしていた花火大会のキスの事だった。どう言うつもりで僕にあんなキスを翔ちゃんがしたのかハッキリ聞きたかった。 翔ちゃんは僕と合わせていた視線を逸らして、落ち着きのない様子で唇を噛み締めた。僕はその翔ちゃんの唇を見つめながら、同じ様に彼女にもキスしているんだろうと思うと、何だか最低な気持ちになった。 翔ちゃんの事は好きだから、余計に簡単にキスされて嫌だったのかもしれない。もし青山さんだったら、びっくりはするけど気にしなかったはずだ。気まずい空気にため息をつくと、翔ちゃんが僕を見て言った。  「俺にも分からない…。あの時侑から先輩とキスしてるって聞いて許せなかった。男とキスしてるって聞いて、我慢出来なかった。もし女の子とキスしてるって言われたら、我慢できたんだ。でも男はダメだ。」 僕は呆然として翔ちゃんを見つめた。自分も男のくせに何言ってるんだろ。僕は訳がわからなくて眉を顰めて呟いた。 「翔ちゃんの言う事は良くわからないよ。それに翔ちゃんこそダメだよね。彼女いる癖に、他の人にキスしてさ。…それとも男だからノーカンって訳?それって狡い…。」  「彼女とは別れてきた。元々上手くいってなかったんだ。付き合うとかそもそも向いてないし。お試しで良いからって言われて付き合ったけど、これ以上一緒にいても傷つけるだけだって分かったから、さっき別れてきたんだ。」 畳み掛ける様に言われて僕は心臓が速くなるのを感じた。声に出せば少し掠れてしまうのはしょうがないだろう。 「何で今日別れたの?…もしかして僕のせい?」 何で自分でもそんな風に思ったのか分からないけど、何となく僕が原因な気がした。すると翔ちゃんは苦笑して青山から何か聞いたかと尋ねてきた。  「ちょっとだけ。青山さんに凄い詰め寄ってきたって。」 すると翔ちゃんは僕を見つめて言った。 「元々上手くいってなかったって言ったろ?結局俺が彼女の事好きになれなかったせいだ。でもキッカケにはなったかもしれない。俺が侑の事心配するのを見て酷い事言うから、俺も思わずカッとなって侑の方が大事だって言ってしまったから。でも本当のことだから。俺は嘘なんてつけない。」  僕はこんな時なのに翔ちゃんを独占していた#元彼女さん__・__#にちょっと優越感まで感じて、嬉しい気持ちが出ない様に我慢して翔ちゃんに尋ねた。 「彼女さん、何て言ったの?」 翔ちゃんは一瞬顔を強張らせたけど、苦笑いして言った。 「あー、ショタコンとか?でも別に侑ってそこまで幼く無いよな?まぁ、結構ブチギレてた。私より幼馴染の方が好きなんでしょって言うから、実際そうだなって。ま、そんな事はもうどうでも良いんだ。しばらく彼氏彼女は辞めるよ。…だからって訳じゃ無いけど、侑もそう言うのやめたら?」  僕はさっきまで浮かれてた気持ちがあっという間に下降していくのを感じた。翔ちゃんが彼女の事を好きになれなかったのは朗報だったけど、だからって僕にもやめろって何か変な話だ。僕と付き合ってくれる訳でも無いんだろうし。 それとも責任とってくれるって言うのかな?いまいちキスした理由も訳わからないし。僕はチョコレートを口に放り込んで、強烈な甘さに顔を顰めて呟いた。 「僕は先輩と付き合ってる訳じゃ無いよ。でも先輩はずっと優しくしてくれて、僕の絶対的な味方になってくれた。受験生の先輩の邪魔したく無いから、今の関係を辞めるとか言えない。 もしそれでナーバスになったら、受験に響くでしょ。それは僕の望みじゃ無いから。でも、そうだね。最近は塾の合間に一緒にお茶して話するくらい。僕も先輩も忙しいから。」 僕がそう言うと、翔ちゃんはまだ何か言いたげだったけれど、渋々頷いてだったら良いってすっかり冷めた紅茶を飲み干した。そしておもむろに立ち上がると、遅くなったから帰ると言った。 僕が見送ろうと慌てて立ち上ると、勢い余って翔ちゃんにぶつかった。翔ちゃんに抱き留められてホッとして見上げると、翔ちゃんは暗い眼差しで僕を見下ろして言った。 「何で侑は14才なんだろ…。チビすぎるだろ。」 そう言うと、僕を引き剥がして見送りは良いからと微笑んで部屋を出て行った。僕は今言われた言葉に首を傾げて、でも慌てて階段を駆け降りて行った。 玄関を挨拶して出ていく翔ちゃんに僕は言った。  「僕、直ぐに大きくなるよ。翔ちゃん!」 すると玄関の扉を閉めながら、翔ちゃんは微笑んで答えた。 「そうだな。早く大きくなれよ。‥るから。」 最後の言葉はドアが閉まってしまって聞こえなかったけれど、僕は何故かドキドキと心臓が波打っていた。翔ちゃんてまさか僕の事好きなのかな?
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