密室で

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密室で

 僕にキスしたくなると言う翔ちゃんに、僕は分かりやすく動揺していた。翔ちゃんは僕の事が好きなのか、肝心な事は何一つ聞けていない。翔ちゃんはつい先日まで彼女が居たんだ。それは僕を混乱させる。 僕はそれ以上の情報をくれない翔ちゃん思い切って尋ねる事にした。僕の事が好きなのかって。僕が口を開こうとすると、翔ちゃんも同時に話し出した。 「「…あの…!」」 ピリついた空気が霧散して、翔ちゃんはクスッと笑って手を伸ばして僕の手を握った。膝立ちの翔ちゃんがまるでお姫様に懇願する王子の様なポーズに思えて、僕はこれから何が起きるのかと息を殺した。翔ちゃんは僕を真っ直ぐに見上げてゆっくりと話し出した。  「…侑、俺は侑が好きだ。可愛い幼馴染として昔から大好きだった。だけど、あの俺の友達が小学生の侑にキスしようとした時、俺は怒りで煮えたぎった。当然だろう?大事な幼馴染に不埒な事をした奴を許せるわけがない。 同時にその怒りが全然別の感情を連れてきたのにも気づいて、俺は自分が大嫌いになったんだ。俺はあいつと同じ様な邪な感情を侑に持っているのに気づいてしまった。侑を誰にも触れさせたくないって…。 それは中学生だった俺には衝撃的過ぎて受け止めきれなかった。だから侑に近づかない様に、この気持ちに蓋をして逃げ回っていた。‥だけど今の侑を目の前にしたら、俺の努力なんて吹き飛んでしまった。 降参だ。俺は侑が好きだ。誰にも触れさせたくないって、俺の中に渦巻く感情で苦しくて堪らないんだ。」  翔ちゃんのその切実に訴えて来る告白は僕を驚かせたし、同時に舞い上がらせた。心臓はバカみたいに拍動していたし、何だか信じられなかった。 でも目の前の翔ちゃんは、少し赤らんだ顔で見た事のない表情で僕を見つめていた。そこに見え隠れするのは不安?僕は握られた翔ちゃんの手を見つめて呟いた。 「翔ちゃん、手が痛いよ。」 ハッとして握った手を緩めた翔ちゃんは、だけど僕の手を離そうとはしなかった。翔ちゃんと見つめ合った僕は、指先をスルリと翔ちゃんの指の間に差し込んで跪くと、翔ちゃんの顔に自分の顔を寄せた。それからそっと自分の唇を押し当てた。  僕の唇の下で強張っていたのは一瞬で、直ぐに柔らかく応える翔ちゃんの唇は甘かった。あの花火大会の時の甘かったけれど訳の分からないキスと違って、探り合う様な、でもお互いに許されたキスは僕をすっかり夢中にさせた。 僕をグッと引き寄せた翔ちゃんの腕の中でもたれかかる様に抱きしめられて、僕の口の中の柔らかな場所をなぞる翔ちゃんの舌に夢中になった。自分の甘える様な切れ切れの吐息が耳に響いて、僕は引き剥がされた翔ちゃんのギラついた顔を見上げた。  「参った。こんな事するべきじゃ無いって分かってるのに止められない。腕の中の侑がそんな赤らんだ顔で俺を見つめたら…。」 そう呟くと、もう一度僕に唇を寄せた。僕は翔ちゃんの逞しい身体に抱きつきながら、胸いっぱいの歓びに心震わせていた。翔ちゃんと僕の気持ちが一緒だったと、この奇跡の様な両思いに有頂天になっていたんだ。 今までで感じたことの無い感覚に襲われて、僕は身体が震えてしまった。それに気づいた翔ちゃんが僕の唇を吸って離れると、僕を覗き込んで囁いた。  「悪い。急にこんなの驚いただろ?侑は、…侑の気持ちをはっきり教えてくれ。」 僕は翔ちゃんが僕を抱きしめたその力強さが、僕を好きな気持ちの様な気がして思わず微笑んで言った。 「僕、ずっと昔から翔ちゃんが好きだよ。気づいたら幼馴染以上の気持ちだったけど、その頃には翔ちゃんは僕と顔を合わせる事を避けているみたいだった。だから僕はあの事で翔ちゃんは自分を許さないんだって、僕の方をもう見てくれるチャンスは無くなったって思った。だから翔ちゃんにこの気持ちを伝える事は諦めたんだよ。 だから、今は凄く嬉しくて堪らない。僕の好きが翔ちゃんと一緒なんでしょ?翔ちゃん、好き。大好き。」  僕の告白は、翔ちゃんの口の中に溶け出した。絡め合う舌はゾクゾクするくらい気持ち良くて、口の中のぬるりとした粘膜をなぞられて、甘い味が僕を微笑ませた。ああ、最高に気持ち良い。もっと…。もっと欲しいよ、翔ちゃん。 「翔ちゃん、もっと、ずっとして…?」
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