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 魔法とは、人文・錬金・工学・生物・心身・天象と6つのジャンルに分かれ、それらに付随する要素の魔法が戦闘向け~便利系まで幅広く存在する。文字の読み書きと同じくらい誰もが学習・習得するものだが、どのジャンルを身に付けよという地域的拘束性はなく基本自由である。然しながらジャンルの得手不得手は個々によって存在するもので、それを知りたい場合は身近な”見る”魔法持ちに見てもらう必要がある。よって各町の長は、ジャンル:心身の者が多い傾向にある。勿論、見てもらい、得手ジャンルを知ったところでそれに囚われる必要もなく、現に得手ジャンルと真逆ともいえるジャンルで活躍する者も存在するし、得手ジャンルで仕事を持っているものの別ジャンルの魔法がやたらに上手い者だっている。  “栄誉魔法使い”とは、この国に散らばる魔法使い協会会員――勿論これには、純粋な協会員の他にその”栄誉魔法使い”も含まれる――が、年一度開催される集会にて、情報収集・面会・決定し、数年に一度、一名のみ選出するその道のプロフェッショナルである。  協会及びこの国には、前述した6つのジャンルそれぞれに属する様々な分野の栄誉魔法使いが存在する。然しながら分野の人口比率は統一されているわけではなく、例えば錬金は、人気のあるジャンルでいつの年も人選に困らないが、緻密な工学、繊細な人文はあまり極める者が少ない。  この度長らく空いていた、ジャンル:人文:言葉の栄誉魔法使いにめでたく就任したノエルは、菫色のドレスに菫色のケープを纏い、聖書台の奥で得意げな笑みを浮かべている。首元には金鎖、トップにカヤナイトが、同じく金の綿密な細工に閉じ込められている――任命の決定面会にて、その強大な言霊魔法を披露した彼女へ協会長様から贈られた、魔法制御の魔法が込められた代物だ。これを貰うことができただけでも行った甲斐があったと、戻ってきたノエルは嬉しそうだった。  その聖書台の面前では、スピカ竜と姉さんが互いの指に銀色の指輪を通し終えたところであった。  不見の渓谷結界内の、一番広いチャペル。チャペルとは言っても名ばかりで、まず天井がない。陽光をさんさんと受ける天鵞絨(ビロウド)の椅子は色褪せ擦れ、ぎりぎりステンドグラスを残す壁がぐるりを囲んでいる空間である。壁や窓枠の割れ目には蔦が這いクレマチスが咲いている。姉さんも人間の女なんだからもっと綺麗なところを選んでいいのにと零すと、”ステンドグラスが綺麗だったから。それに収容人数は多い方がいいでしょう?”とけろりとした顔で言ったのだった。実際、椅子に座るモノ、立っているモノ、大きいモノによじ登るモノ、さらにはクレマチス巻き付く壁ぎわ、その外側まで妖魔たちが、渓谷の守護者とそいつの選んだヒトの晴れ舞台をその目に収めんとひしめき合っているのであった。  最前列にはあたしとあのヤギの悪魔、シルフィード、ドワーフにノーム、アイスグリーンのドレスに身を包んだ女性(この渓谷は外のモノは自由に立ち入ることができないので、彼女もニンフかエルフかなのだろう)、そして姉さんの父親であるソルミル卿が並んでいる。  彼の横顔を盗み見る。数日前の馬車の中、彼はその顔に、緊張、悲壮、罪悪、悔恨、ときめき、戸惑い……一人娘に会いたいが、今更どんな顔をして会えばいいのか分からないというような複雑な表情をのせていた。が、今の彼は何とも優し気な、それでいて微量の寂寥を含ませたやわらかな微笑みを湛えていた。姉さんの身支度の間、スピカ竜とどんな話をしたのだろう。気にはなるが詮索しない方が美しいようにも思われる。 「ここで親族の方から新郎新婦へ送る言葉……新婦・リズ様の父、ソルミル卿よりお言葉をいただきます」  ノエルの進行の声に、ソルミル卿が腰を上げた。
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