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 ノエルが魔法を発動させ、一枚の羊皮紙を出現させる。 「”誓言書”になります。お二方にはあらかじめお伝えして、言葉を考えていただきました。いざ、お二方の言葉をのせてくださりませ」  まずは新郎・スピカ様から、とノエルが誓言書を掲げ向き直る。スピカ竜は姉さんを見、次にあたしたちや妖魔たちを見まわした。勝ち気な、不敵な笑みを浮かべたのは誰宛なのか。その顔がノエルに向き直った。 「言葉の栄誉魔法使い、その御前に誓う。私スピカは妻リズを、この生在る限り守り、彼女の死する時、共にこの生を終わらせよう」  そう、言い切った。  ざわりと仲間たちがどよめくも、すぐにそれは揶揄うような笑い声に変わる。  あたしたちはと言えば虚を突かれたように固まってしまった。 「スピカ、そんな……」と目を瞬かせる姉さんに、「初めてなんだ、こんなに全てを共にしたいと思えたこと」とはにかむ。その笑みを受け、お馬鹿さん、と姉さんも笑みをこぼした。 「次は新婦・リズ様の言葉です」  我に返ったノエルがお役目に戻る。手の中の誓言書には早速、今しがたのスピカ竜の言葉が刻まれていた。  姉さんは目を閉じ、何やら思案しているようだった。やがて、「そうね……私は残念ながら、あなたのようなかっこいいことは言えないわ」と零した。 「ありえない場面でも、もしもで構いません。ねえ様がスピカ様より長生きするなんて、まず考えがたいのですから」 「ええ……でも私、命もかけられないの。同じくらい大切なものができたから」  え? と場が静まり返る。妖魔たちが一様にざわめき出し、「リズ、帰りたくなっちゃったの?」と呟くモノもいた。一番凍っているスピカ竜に悪戯っぽく笑いかけ、ノエルに向き直った姉さんは、決めた、と高らかに声を上げた。 「言葉の栄誉魔法使い、その御前に誓います。私リズは、夫スピカの身に不幸のあった場合の、その後、を守り育て、この身は貞操を貫くことを誓います!」  ――沈黙が静寂を作り上げる。ノエルの掲げ持つ誓言書に文字が刻まれてゆき、完成なのか、文様に一筋金色の光を走らせた。 「……オレとの、子?」  この静寂に亀裂を走らせるのを恐れるかのように、小さな声で訊ねるスピカ竜に姉さんは悠然と微笑んだ。お腹のあたりに手を当てた。 「旦那様としての初仕事ですよ、スピカ!」 「スピカとリズの赤ちゃんだー!」  誰かが叫び、とうとう静寂がかち割れた。誰もが歓声や笑い声を上げ、おめでとうを叫び、手を叩く。スピカ竜はその蒼い目に泪を浮かべ、姉さんの小さな身体を抱きしめた。くすぐったそうに身をよじる姉さんの顔じゅうにキスを落とす。 「後出しでそれはずるいー! これ書き直し利かないんだけど?!」 「ふふ、随分弱気ですね? この子が十分に生きていけるようになるまで、私もあなた自身も守ってくれるんでしょう?」 「守る! ぜったい死なないし死なせない! まだまだ幸せになるー!」  ははは! と明朗な笑い声が上がる。優し気で、心底愉快そうな笑い声だ。  ソルミル卿が、本日初めて声を出して笑ったのだった。こうなるとあたしだって黙っていない。 「はい、はい! あたしがその子を取り上げる! あたしが姉さんの子を取り上げる!」 「は~~? 狂戦士(バーサーカー)にそんな繊細なことができるのか! こっちにはオンバ様がいるんだ、プロに任せて引っ込んでろよ!」 「はぁ~~?! グレムリン風情がよくも言ったな! 見てろよ! 一ヵ月、いや一週間でものにしてみせる!」 「こらタバサ王女、折角綺麗な格好をしているというのに」  嗜めてくるソルミル卿に姉さんが、「父様、もうすぐおじいさまですよ!」と弾んだ声をかける。娘と目を合わせ微笑んだソルミル卿の顔からは、すっかり憂いの色が失せていた。  せーしゅくに! 皆さんせーしゅくに! と手を叩くノエルもとっくに涙声で説得力に欠ける。それでも何とか声のボリュームの下がった式場で皆が彼女に注目する。 「今しがた出来上がりました、誓言書を、改めて読み上げ、ます……」  しかしその声は震えていて、完全に泣きが入ってしまっている。頑張れー! まずは泣き止めよ! と妖魔たちが茶々を入れる。  湿った嗄れ声でつっかえては戻りつっかえては戻り、読み上げていたが、やがて「お二方の口から、一度通しで読み上げましたし、もういいですよね!」ノエルは諦めたように顔を上げた。その様に歓声が上がる。  泪をぬぐい、晴れやかな笑顔を浮かべ”相言葉(ブライダリ)”が唱えられた。誓言書が光を放ち燃え上がる。慌てて二人が、姉さんは楽し気な笑みで、スピカ竜は嬉し涙を浮かべながら指輪をはめた手を掲げる。  燃え上がるそばからその煙が、指輪に吸い込まれてゆく。やがてすっかり燃え上がったそれは指輪中央の窪み、煙の最後の一陣を互いの瞳の色に変え、意石(いし)となって一閃の光を放った。 「お二方、いや、お三方のこれからに幸多からんことを!」  歓声と拍手は割れんばかり。青空のもと、いつまでも響きわたっているように思われた。 ――  それから数ヵ月後、タバサが本当に町の助産婦の下で勉強し、オンバ様やノエルの手助けを得て、無事リズとスピカの子を取り上げたというのは、また別のお話。 [That’s the end of the story.]
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