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放課後。
いつものようにダラダラと屋上で過ごしてから、ぺーとガラシと別れておれは帰り道をひとりで歩いていた。
そしたら急に雨が降ってきて、最悪なタイミングだなって思いながらちょっと先に見えたバス停の屋根の下に行って雨宿りをした。
道路の反対側には、金木犀。いつのまにか秋の匂いがあふれている。
ボケーっとしてたら、水たまりがはねる音が聞こえ、バス停から顔をのぞかせると、同じ学校の女生徒がバッグを傘代わりにしてこっちへ向かってくるのが見えた。
そのままの勢いでバス停に避難して一息をついたのは、清水だった。
「あれ、ミヤオも雨宿り?」
すっかり友だちになったおれに、清水がいつもの笑顔で言う。
「見たらわかるだろ」
「たしかに」
言って、清水がまた笑った。
メガネ効果なのか、清水はおれと藤田以外のクラスメイトともちょっとずつ話すようになっていた。なにがきっかけなのかは分からないけど、みんなが清水の面白さに気がつきはじめたのは単純に嬉しい。急にグイグイ来るようになった鈴木にはちょっと困ってたけど、大体はおれがいい感じにあしらって守ってるから大丈夫だろう。
「清水って、ほんと変わったよな」
「そうかな?」
「だって、みんなともよく話すようになったろ」
「ダメ?」
「ダメなわけないだろ。逆にめちゃくちゃ嬉しいよ、おれは。でもおれがいちばん最初に清水の面白さをわかってたんだけどな」
「ありがとう」
照れる清水を見ながら、ほんとに凄いよなって思った。
「清水も藤田もすげえよ。どんどん変わっていって。マジで尊敬するわ」
つい、自分でも気がつかなかった本音が出てしまう。
みんながどんどん変わっていくことに、モヤモヤしてたのかもしれない。
「ミヤオのお陰だよ。逆さまコーラチャレンジをやらなかったら変われなかった」
意味が分からない。あんなヒマつぶしで人生が変わるなんてありえないだろ。
「でもやっぱ、それは清水ががんばったからだろ」
「……やっぱり優しいね、ミヤオは。自分に自信があるのに人を見下さないって、ほんとにすごいと思う」
清水、ずっとおれを褒めてくれるな。たしかにおれは自分のセンスに絶対的な自信があるから、今まで他の人と自分を比べたりってことはなかった。
「そうだ。ミヤオってそろそろ誕生日だよね?」
「ああ、うん。十月七日。明後日だな」
「誕生日プレゼントをあげようって思ってたんだよね。ちょっと早いけど」
清水がカバンをゴソゴソとやってなにかを取り出した。
「これ」
って、言って、清水がおれに渡してきたのは、メジャーだった。
「なにこれ?」
「メジャー。長さを測るやつ」
「いや、それは知ってるよ」
「ずっと前に『おれはちゃんと世界を見てるんだ』って言ってたでしょ。だからメガネをするようになってから、ミヤオみたいにわたしもちゃんと世界を見て何かを拾ってみたいなって思ってたんだよね」
「で、これを拾ったわけ?」
「うん、昨日。もらってくれる?」
拾ったメジャーが誕生日プレゼントか。清水って、やっぱり面白いな。
「ありがとう。なんかメジャーを使った遊びを考えてみるわ」
「そしたらまた聞かせて。わたし、ミヤオの話を聞くのがいちばん好きなんだよね」
「ああ、うん、分かった」
「……デンゲキマン、覚えてる?」
またぜんぜんちがうことを清水が言う。
「覚えてるよ。オレケツで藤田に初めて負けたキャラだからな」
「なんで負けたかも覚えてる?」
「決めゼリフの『シビれたろ?』ってのにシビれたんだよ。あれは最高だった」
「あれさ、ほんとはわたしが考えたセリフなんだよね」
「マジで?」
「マジで」
意外だったけど、なんか納得だなって思ってたら、
「シビれたろ?」
って言って、清水が悪戯っぽく笑った。
シビれた。
心臓がギューってして、知らない痛みだったけど調べなくても知ってる痛みだった。
藤田から聞いてた百倍くらいの衝撃だったけど。
そんなバカな。
誕生日プレゼントに拾ったメジャーをもらうって、面白いけどおれが知ってるマンガのラブコメ展開じゃない。
「今まで黙ってたけど、やっぱりほんとのことが言いたくてさ。ミヤオに勝ったのはわたしだったってことを知ってほしくて」
「そ、そうか……」
「……」
とんでもなく気まずい間が空いた。
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