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「じゃ、じゃあ、もう行くね」
「ちょ、ちょっと待って!」
思わず呼び止めた自分に驚く。いつものおれなら絶対にそんなことしない。
いまおれはヘンになってる。
「な、なに?」
「……始業式の日にさ、藤田と一緒に帰ってたろ」
「なんで知ってるの?」
「前に言っただろ、屋上からカップルを数えてるって。記念すべき二十組目に清水と藤田を見つけてさ。あれが本当に二十組目なのかどうか知りたくて。藤田はいいヤツだし、清水ともお似合いだと思ってるから、そうだったらいいなって思ったりなんかしたりして。それ以外の意味はマジでないよ、ほんとにマジで」
自分でもイヤになるくらいグダグダな言い訳を早口でしてしまう。
「……あの日さ、藤田に好きな人ができたから相談に乗ってくれって言われたんだよね。藤田、卓球部の一年生の女子のことが好きみたいなんだけど、どうやったら仲良くなれるかとかいろいろと聞かれたんだよね。わたしはまだそういうこと分からないから困っちゃったけど、藤田は大丈夫って応援したんだよね。藤田には返さなきゃいけない借りがあったから。ほんとにそれだけだよ。それに安心して、わたしが好きなのは他のひとだから」
清水もおれとおなじくらい早口で言った。
「そっか」
安心して、でもすぐ不安になった。
ちょっと待て。
うっかり言っちゃったんだろうけど、清水には好きな人がいるってことじゃないか。
「……分かった。二十組目じゃないってことだな」
「うん。いつかは二十組目になりたいけど」
びっくりしてつい真顔になっちゃったおれを見て、
「ちょっと待って、冗談だよ」
って、清水が慌てた。
「そ、そっか。良かった。いや、良くないのか? よく分かんねえ」
焦りながら、いつの間にか雨が止んでいることに気づく。
「……金木犀の香りがすると、秋が来たって思わない?」
このヘンな空気をかえるためだろう、清水がまた金木犀の話を振ってくる。
「もう秋か。早いよな」
「金木犀の花言葉って知ってる?」
「いや、知らない。清水は?」
「わたしも知らない。ミヤオなら知ってるかなって思って」
「じゃがいもの花言葉なら知ってるけどな」
「なんでだよ」
清水が笑ってツッコむ。
ちょっとだけヘンな空気がなくなった気がした。
「じゃあ、わたし帰るね」
「うん。また明日」
雲間から差し込む日の光に照らされながら、清水は帰っていった。
ひとり残されたおれは、急に力が抜けてバス停のベンチに座り込んだ。
メジャーのツメに指をひっかけて物差し部分を出し入れしながらボーっとする。
シャッ、シャッ、シャッ……
いろんなことに言い訳をしているのがイヤになった。
漫画家になる夢があるのにダラダラしてマンガを描いたこともない。このままだと漫画家になる夢は、メジャーじゃ測れないくらい遠いままだ。
男らしくない。
おれが好きな少年マンガの主人公たちとは大違いだ。
シャッ、シャッ、シャッ……
まずはマンガを描こうと思った。
だいぶ前にマンガを描こうと思ったとき、ストーリーを考えるのが苦手だってことに気がついてすぐにやめた。おれには意味のないプライドがあって、漫画家になるためにはストーリーと絵の両方が書けないとダメだと思っていたからだ。
あのときは逃げたけど、おれには絵を描く才能はある。ストーリーを作れないなら得意なひとに任せて今は絵を描くだけでもいいかもしれない。ぺーに頼んでみよう。あいつにはセンスがあるし、いつもみたいにおれの提案にはすぐに乗っかってくるだろう。
今までの遊びはすぐに飽きてきたけど、今回だけは最後まで絶対にやろうって誓った。
シャッ、シャッ、シャッ……
あの心臓の痛みを知る前の世界には、もう戻れない。
だったら、前に進むだけだ。
これから先、おれは清水が好きな誰かと戦うことになるけど、これこそがほんとの修行なのかもしれない。
とりあえず金木犀の花言葉を調べて清水に教えよう。
決意しながらメジャーを使った遊びをなんとなく思いついたおれは、バス停を出て空を見上げた。マンガだったらおれの決意を祝福してくれる虹でも出てたんだろうけど、なんてことない雨上がりの空だった。
でもまあ今は、虹なんかいらない。
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