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夏休みの個人面談最終日の、最終時間。
教室の外は茹だるような暑さで、窓を閉め切って冷房をガンガンにかけたいが、このご時世なのでそうもいかず。
教師の俺は額ににじむ汗を拭えもせず、目の前の女性がしゃくりあげて泣いているのをただ黙って見つめていた。
目の前には、夏色のキレイめなブラウスにクセのないネイビーのスラックスをキレイに着こなした女性。ルーズにまとめたロングヘアが、年齢よりも若い顔つきを華やかに彩っている。
俺が受け持っている女子児童・生田麻衣の母親。
名を、生田優里と言った。
手元の手帳に記された、生田麻衣の保護者欄に記載された名前に目を落としながら、俺は母の言葉を思い出していた。
『真希。あなたには、『ウミノハハ』がいるの。優里さんって名前なのよ。あなたの名前も、彼女が付けたの』
それは俺が物心つくかつかないかの頃から、両親が……いや、特に母がよく言っていた言葉だ。
俺はいわゆる『養子』として、両親の元へと辿り着いた。
母の弟の子供が俺で、ユウリさんは、母の弟の嫁だという。
どういう経緯で養子になったか。という話も聞いている。
これを世では『真実告知』というらしいが、俺の場合は身内間のことで、いともカジュアルに伝えられていた。
母の弟……俺の本当の父は俺が生まれてすぐ死んだ。事故死だった。
母にとっては弟の死で、弟が思い出に変わるまでは、長い道のりがあったという。だけど母は、優里さんの心情は察してあまりあるとも言っていた。
宝物を授かった矢先、優里さんはもう一つの宝物を失った。
その後しばらくは、彼女が俺をひとりで育てていたが、ある日、俺をひとり家に残して失踪したという。
そんな、俺を置いて失踪した優里さんは、意図せず再会してしまった息子を目の前に溢れる涙が止まらないようで、ハンドタオルを瞼に当ててずっと涙を流している。
対して、俺の心はちょっと上の方。俯瞰でこの風景を見下ろしていて。
いやぁ、こんな偶然があるんだ。
実の母が、教え子の母親とか。
と思っている。
なんでこんな展開になったんだっけか。
あぁ、俺が、口を滑らせたんだ。
「麻衣さんのお母様、優里さんておっしゃるんですね。俺の『ウミノハハ』の名前と同じです」
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