失われた歌声

3/12
前へ
/12ページ
次へ
「いいな。僕も自由に旅がしてみたいな。僕達汎用クローンは生まれてすぐに収容されて仕事に就かされるから、その話を聞いてずっと羨ましいと思ってた」  イルマは知らない星々の風景を夢想しているのか、うっとりと遠い目をして呟いた。 「旅ならこれからすればいいだろ。……まあ、この星からは出られないけどな」  これ以上の仕事はできないと判断されて第七衛星に送り込まれたクローンは、いかなる場合であっても自分の意志で星の外に出ることは禁止されている。  この星に送り込まれる直前の宇宙船で耳にタコができるほど聞かされた文句を、無意識に頭の中で反芻しながらそう言うと、イルマは困ったような微笑みを浮かべて首をかしげた。 「僕、もうすぐ寿命なんだ。だから旅はもうできないかも」 「寿命?」  俺は思わずまじまじとイルマの顔を見てしまう。  全身が薄いプラスチックでできているかのような真っ白い肌。一等星のように輝く水色の目。短く切り揃えられた銀色の髪は一本一本が透き通るようだ。そのどれもが若者らしくつややかな光沢を含んでおり、命の際限からは限りなく遠く見えるのに。 「最近の汎用クローンはだいたい、生まれてから二十年経つと心臓が止まるように設計されてる。理由は消耗の少ない個体の方が確実な仕事ができるからとか、あらかじめ寿命を決めておいた方が回転期間が短くなって、市場をコントロールしやすいとか色々あるみたいだけど」  イルマは先程と変わらない口調でそう言ったあと、言葉を失っている俺の顔を覗き込んで、「びっくりした顔してる。大丈夫?」と気遣わしげに眉を寄せた。  俺は新型クローンの境遇にショックを受けながら「ああ……」と曖昧な返事をした。 「でも、その様子だと、ジグ型は違うみたいだね。僕達にとってはそっちの方が不思議だな」  と、イルマはこの場に馴染まないほどわくわくと好奇心旺盛な表情で俺を見つめてくる。まるで今にも「どうしてどうして」とせっついてきそうな顔だ。  俺は正面から浴びせられる無邪気な視線に観念し、自分なりの考えを話そうと口を開く。 「……俺達の体は楽器だから。年を取って使い込むごとに音が変わる。長年の消耗と積み重ねが俺達の価値だ。だから命の際限を設けないんだろうな」  俺はそこまで話したところで気恥ずかしくなり「まあ、単に俺達が旧型だから、最近の常識が適応されてないだけかもしれんが」と小さな声で付け足した。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加