失われた歌声

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 イルマは納得したように何度かうなずく。 「芸能型は汎用型と違って一体一体を大切にされてるんだね。それってすごく素敵だと思う」  そう言うと、イルマは両手に持っていたカップに顔を近付けて、すんすんと匂いを嗅いだ。「いい匂い。飲むのがもったいないよ」とはにかむように笑う。 「そこの保温容器に入ってる分は好きなだけ飲んでいい。だから冷めないうちに飲め」  俺がそう促すと、イルマは物慣れない様子でくすぐったそうに笑う。 「ジグって本当にいい人だね。僕、クローン相手でも、こんなに良くしてもらったことないよ」 「……そりゃ、そんな話を聞いたらな。少しでも良い思いさせてやりたくなる」  むしろ死ぬ間際にしてやれることが珈琲のおかわり無料だなんて、なんともしみったれた贈り物だと思うが。それでもイルマは嬉しそうに珈琲がなみなみ注がれたカップを見つめている。 「第七衛星行きって聞いた時にはもう本当におしまいなんだと思ったけど、ここに来てよかった。……そうだ。これ、写真に撮っていい?」  イルマは首から下げたままの、両手で抱えるほど大きな写真機を掲げてみせる。 「写真機か。今時珍しいな。こんなので良けりゃ、好きなだけ撮れよ」  するとイルマはぱっと目を輝かせ、いそいそと顔の前で写真機を構えた。何度も角度を変えて小さなレンズを覗き込みながら、かしゃっと音を立ててシャッターを切る。 「うん、なかなかいい感じ」  イルマは満足げな笑みを浮かべながら、今度こそ珈琲のカップに口を付けた。 「僕は今まで色んな星を巡って写真を撮ったり記事を書いたりする仕事が多くて。だから未だに珍しいものを見つけると、撮りたくなっちゃうんだ」  イルマはすっかり温くなったであろう珈琲を飲みながら、丁寧にそう説明した。 「へえ。いい仕事じゃねえか」 「そうでしょう」  褒められたのが嬉しかったのか、イルマは得意げな顔で薄い胸を張る。 「今まで撮った写真、見る? 特別な何枚かだけ、こっそり持ってきたんだ」  そう言うと、イルマは胸ポケットから小さく折り畳まれた数枚の写真を取り出した。  ここに写っているのは戦場だろうか。更地の上に野営を敷き、焚き火を囲む人間の兵士たちの前で、長身の男性型クローンがあぐらを掻いている。  手に持っているのはウードという古楽器に似た大きな弦楽器が一つ。それを掻き鳴らしながら歌っているようだ。こちらを向いた目は伏せられているが、歌えることへの静かな喜びが、写真越しにもじんと伝わってくる。
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