失われた歌声

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 イルマは手元の珈琲を少しずつ飲みながら静かに聞いていた。そして俺が話し終えると、小さなため息を吐き、うるんだ目で俺を見上げる。 「本当にごめんなさい。なんて言ったらいいか」  イルマは眉根を寄せて声を詰まらせる。 「いいって言ってるだろ。気にすんな。……お前の写真もよかった。あんなこともあったな」  俺が呟くようにそう言うと、イルマはかすかに顔を綻ばせてうなずく。 「あんなに幸せな夜を過ごしたのは初めてだったよ。ジグも覚えてたんだ」  あの時は俺の歌を喜んでくれた人間達に珍しく酒を振舞ってもらい、俺はすっかりいい気分で楽器を掻き鳴らしながら歌っていた。  人間達にあれを歌ってくれと乞われるままに何曲か歌ったあと、俺はふと少年のような体付きのクローン達が身を寄せ合うようにしながら、羨ましそうにこちらを見ているのに気が付いた。 「何してる。お前らもこっちに来いよ」  ぽろぽろと弦を弾く手を止めて手招きをすると、クローン達は一様にびくりと肩を震わせた。『どうしよう』『もっと近くで聴いてみたいな』『でも規則だから……』というささやき声が波紋のように伝わってくる。  少し経ってから、そのうちの一人が意を決したように口を開いた。 「僕達が人間と一緒に休むことは禁止されています。だから構わずに続けて」  普段の俺なら、そうかとうなずいて終わりにしていただろう。ただでさえ汎用クローンの管理は、比較的自由を許された芸能用とは比べ物にならないほど厳しい。  けれどこの日は、酒のせいかいつもより気が大きくなっていた。 「今日ぐらいいいじゃねえか。規則なんて一日破ったくらいじゃわかりゃしない」  クローン達が一斉にざわめいた。  『ほんとうかな』『もしばれちゃったらどうする』『懲罰房に入れられちゃうよ』『でも一回くらいなら……』  最後のささやき声を皮切りに、クローン達のなかでもひときわ小柄な、首から大きな写真機をぶら下げた一体のクローンがおずおずとした足取りで焚き火の近くまで歩いてきた。俺のそばに腰を下ろして膝を抱え、「規則を破るのなんてはじめて」と汗ばんだ顔ではにかむ。  俺は雛鳥のように小さく震えているそのクローンの頭を鷲掴むようにぐしゃりと撫でた。クローンは俺を見上げてびっくりしたように目を丸くする。 「お前の好きな歌を歌ってやるよ。何がいい」  するとクローンはこんな小さな望みを言うことさえ恐ろしくてたまらないと言った様子で、何度も言葉を詰まらせながら、おそるおそる言う。 「……『雨の星にて』がいいな。……真夜中の衛星間ラジオで、いつも流れてた」  『雨の星にて』は廃棄クローンの終の住処であるこの星を歌った曲だった。  作曲したのは、ずっと前に第七衛星送りになった廃棄クローン。  その曲は、第七衛星に一つしかない放送局から、無数に存在する衛星間ラジオのチャンネルの中の、たった一つの真夜中の枠で、今も流され続けている。
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