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「良いセンスだ。俺も好きだぜ」
俺はそう言うと、両手に抱えた楽器に目を落とす。隣のクローンが期待に息を呑むのがわかった。俺は少し口元を緩めて笑ってみせる。
そっと弦に触れて最初の一音を鳴らすと、ざわついていたクローン達がしんと静まり返った。その様子を物珍しそうに見ていた人間達も、酒を片手にこちらを見つめる。
降り続ける雨のような落ち着いた旋律に合わせて淡々と語るのは、雨の第七衛星の風景。
目の前に広がるのは、灰色の砂で覆われた大地。広い砂丘。冷たく降り注ぐ雨。
そこに住む者達の背景はさまざまだ。母星の紛争で片腕を失くした戦闘用クローン。罪を犯して流刑になった汎用クローン。生まれる前にできそこなった、自分の用途もわからないクローン。
その誰もが皆、雨が降り始めると誰ともなしにテントを組み立てはじめる。
体が不自由な者には手を貸してやり、テントの組み立て方がわからない者には根気強くやり方を教え、その代わりに配給された缶詰のスープを沸かしてもらい、それを飲むほんの束の間笑い合う。そして皿が空になれば自分のテントに戻り、たった一人で眠りにつく。そんな歌だ。
雨よ、雨よ。どうか、濡れたまま立ち尽くす隣人に、手を差し伸べる勇気を与えておくれ。冷えた瞳を温める、その術を教えておくれ。
気付けば俺の隣で膝を抱える小柄なクローンは、目を閉じたまま聴き入っていた。まるで俺の声を発する息遣いの一つ、楽器の鳴る一音までを掬い取るように。
「……あんなに熱心な聴衆は初めてだったからな。照れ臭かったが嬉しかった」
すっかり冷めてしまった珈琲を飲みながらそう言うと、イルマは恥ずかしがるように顔を赤くしてもぞもぞと体を動かした。
「……実はあの時のクローン、僕なんだ。仲間にはさんざん止められたけど、どうしても近くであなたの歌が聴きたくって。……会った時に言おうかと思ったけど、恥ずかしくて言えなかった」
俺はああ、と目を伏せて笑った。珈琲をまた一口、口に運ぶ。
「そんなこと知ってたよ。同じ写真機さげてたからな」
「うそ! じゃあどうして最初に言ってくれなかったの?」
イルマが非難するようにぽかっと俺の腕を拳で叩く。
「俺も恥ずかしかったんだ。……こんな顔だし、あの時の声はもう出せないって」
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