失われた歌声

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 イルマはちょっと眉を下げたあと、不意に語気を強めて言った。 「僕は今の声も好きだよ。それに、ジグはずっときれいだ」  固い意志をもって光る目が、俺をまっすぐに見つめてくる。俺が耐え切れなくなって目を逸らしても、イルマは負けじと追いかける。数十秒の攻防の末、俺は観念してため息をついた。 「……お前、意外とキザなこと言うのな」 「そう? 今まで言われたことなかったけど……」 「……なんだお前、俺だけにかよ……わかった。もう言わない。……ありがとな」  俺が苦く笑って白旗を上げると、イルマは真剣な表情から一転して無邪気に笑った。 「ねえ、覚えてる? あのあと、ジグが簡単な踊りを教えてくれて、皆で手を繋いで踊ったの。あんな風に人間と笑い合ったのなんて初めてだった」  その時の踊りを再現するように、イルマは華奢な白い手でするりと俺の手を取る。そういえばあの時も、俺はこのイルマ型と一緒に手を繋いで踊ったんだっけ。 「僕、踊り方なんかわからないよ」  誘われるままに手を繋いだはいいものの、イルマは途方に暮れたようにうつむいた。 「そういう奴らでも踊れる曲にしたから安心しろよ。……ほら、周りを見てみろ」  思い思いに立ち上がった人間達はほとんどが酔っぱらいだし、それに合わせておそるおそる立ち上がったクローン達は緊張のあまりがちがちに固まってしまっている。  それでも俺が手元の機械で音楽を流すと、皆それぞれ手を取り合い始めた。  仲良しの兵士二人組は互いに恭しく一礼をし、手にキスまでしてふざけ合っている。それを見ていたクローン二人組は真似して丁寧にお辞儀をしてから手を取り合い、『これで合ってるのかな』とささやき合う。隣の兵士はひどい酔っぱらいで、目の前にいるのがクローンだと気付かず勢い良く手を握り、今にもばたりと倒れ込みそうな千鳥足のステップで、手を繋いだクローンを振り回している。それに苦笑いをしていた真向いの兵士達とクローン達は、「じゃあ僕らも」と互いにちょっと緊張気味で、兵士はクローンの小さな手を、クローンは兵士の武骨な手を取った。 「……うん、ちょっと安心した。上手じゃなくてもいいんだね」  目の前のイルマは酔っぱらいの嵐のようなステップにぐるぐると振り回されているクローンを見てぷっと噴き出しながらそう言った。
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