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Live
「(なんて衝撃的で鮮烈なんだ)」
顔に出ないように、ライブハウスの眩しい光を見つめてからため息を着いた。
お疲れ様でした〜と一旦解散し、明日も担当の同僚とライブに向けて出演者の確認と道具の準備をする。
いつも通りになってしまった慣れた作業を淡々とこなす
「(あの声とダンス、秀でている感じじゃ…ないのにすご…かった)」
「これ音響の設定__」
「あっ、はい大丈夫です。あー高橋さん?こっちの___」
「ゆいちゃん!マイクの配線もう一個右の__」
音楽で、パフォーマンスでその場を揺るがす熱狂。
つまらないと切り捨てたはずのそれ、苦い記憶。
確かに、あの頃の記憶は苦しいものだ。
だが知っている。
今でもわかっている。
それは苦しい。
「(クアル…、クアルというアイドル…可愛くて…怖くて、綺麗…。何がここまで人を動かす…)」
ぐちゃぐちゃに溶け合った思考とあの下手な笑顔、そして冷たい表情がまた僕をかき乱す。君の輪郭だけが鮮明で、他は全て解像度が崩れてしまっている。一眼レフで覗いたような繊細さと度の合っていないメガネをかけた気のような世界のぼやけ方。
痛い初恋みたいな鮮烈さ、なのに大人になってしまったせいか心の底に虚無感すらある。
「____ちょっと、橘さん?大丈夫すか?」
「…」
僕の中で確かに何かが変わってしまう感覚が、あって。
それを言語化出来ないのに必死にフィルムに焼き付けようとしている。
「橘さん〜荷物橘さんの方に傾きすぎてコントみたいになってますって」
「…あ、ごめん。まじで魂抜けてた」
「もー、いつもみたいに超冷静で超客観的カリスマ!みたいな感じでいてくださいよ!」
「な!?僕そんな風に思われてんの!?」
あれ、どんなフィルムを回そうとしてたんだっけ、どんな映画が始まろうとしていたんだっけ。
少し考えついた妄想の記憶なんてすぐに抜け落ちる。
「遠藤くんさ、今日のあの双子のアイドルすごくなかった?」
「あぁ!すごい湧いてましたね?俺歓声で伴奏掻き消されそうだったんで音量調整してたからちゃんと見れてなくて」
「あれ遠藤くんだったのか、ありがとな」
「普通にあの地響きみたいな歓声とか弱いアイドルのMC全部掻き消しかねないんで走りましたよ」
「判断力すごいな」
「橘さん!遠藤くん!帰ろー」
「おっけ、電気消してくる」
カタカタと階段を登り地下のライブハウスから地上へ出る。これもあれも何もかも“慣れた日常”のはずだ。
「見てください!まさかのメジャーデビューっ!」
「(クアル…なにかホームページでもいい、音楽のアカウントはある、といいけど)」
「ずっと推してたもんねゆいちゃん」
「ね〜」
「(他に曲はあるのかな…。でもデビューして1ヶ月ならわからない。というか所属なのか?)」
「そうだよー!手売りのCDもってるんだわたし〜」
「へぇー?」
「すげぇじゃん、メル〇リでお高く売れそう」
「んはは」
「売らないって!」
僕は遠藤くんとゆいちゃんと駅へ向かいながら話を適当に受け流しつつ、急ぐようにポケットを覗きながら「クアル アイドル」とスマホに検索をかけた。
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■ NAVY_IDOL事務所
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