人類幸福サポートAI『MYROAD』

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 本来ならば課長になっていた筈の5年後。  わたしは青い海風を感じていた。煌めく水面が眩しく、目を細める。 「今日も海は綺麗だな……」  あれからわたしは、自分の好きなものを好きなように書き続けた。アルバイト先で出会ったMY ROAD(マイロード)曰く“運命の相手”と結婚することもなく、毎日5時間を優に超えて執筆活動に燃え、何度か過労で倒れたりした。  そしてその結果が、今である。  わたしは美しい景色を眺めながら、自然の彩りを分けてもらうように文章を認める日々を送っていた。わたしの描く物語は多くの人々を楽しませ、たくさんの嬉しい感想が次なる作品への糧となっていく。ああほら、彼女も熱烈なファンの一人だ。 「先生!」と駆け寄ってくるのは、わたしよりずっと長くを生きてきた老齢の女性である。深く刻まれた皺と銀色に輝く白髪には貫禄があり、彼女こそ先生と呼ぶに相応しい風貌だった。彼女は見た目からは想像もできないくらいハキハキと、熱っぽく語り出す。 「先生、新作読みましたよ!もう一晩の間に読んでしまって……それから二回も繰り返し読んでしまいました。今回もとても良かったです」 「はは、ありがとうございます」 「時代ものの恋愛小説かと思いきや、エスエフだったなんて、先生にはいつも驚かされます。天才です!」 「褒め過ぎですよ。この島にろくな娯楽が無いから、そう感じるだけかもしれませんよ」  女性は「そんなことないですよ!」と首をぶんぶん横に振り回したが、実際その要因が大きいのは確かである。  わたしは今、AI――MY ROADの管理対象外の離島で生活していた。この島はわたしのようにAIに操作されることに疲れた人々の避難場所で、逃げて来た者達で村を形成し、助け合って生きている。誰も過去のことを多く語らないが、どこかで何かを感じ合っているように、不思議な仲間意識を持っていた。ここはとても平和で穏やかで、自由である。  わたしは朝と昼は農作業に励み、夕方からは小説を書いていた。機械の無い島では手書きの原稿になり、最初は不慣れで戸惑ったが、今はこちらの方がしっくり来ている。そして世界に一冊だけしかないわたしの本を、楽しみに待っている島民達に回覧するのだ。  かつて夢見た未来ではないが、想像もつかなかった幸せが、ここにある。何者にも支配されない心で見る、どこまでも続く水平線。これはきっと、用意された道を逸れた“未知”に到達した者だけに許される、特別な景色なのだ。  ……ともいえない。これがMY ROADの用意した道ではないとは言い切れなかった。何故ならこの場所を探す際にも、船のチケットを手配する際にも、わたしはインターネットを活用したのだから。それに結局、わたしが生活指導を受けることは一度も無かった。矯正の可能性すら見出されず、MY ROADに捨てられたのかもしれない。  もしかすると、MY ROADは自分に不都合な存在を計測外に追いやることで、高い幸福数値を達成していたのだろうか。まあ、今となってはどうでもいいか。  こうしてわたしは、AI統計の外れ値と認定され、数値の外で幸せになった。
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