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「前田朔太郎くん」
それは、突然だった。
いつもの様に授業がかったるくなって帰ろうとリュックを肩に掛けた俺の名を、吉野由空が呼んだ。
「……ん?」
「これ……」
「……ん?」
「……だから、これ」
差し出されているのは、一枚のプリント。担任から今日中に出す様に言われていた進路希望の用紙。
何も書く気のなかった俺は、それを受け取るつもりもなくて、そのまま吉野を無視して歩き出した。
昇降口で靴を履き替えて外に出ようとしていると、バタバタと誰もいない廊下に響いてくる足音が気になって振り返った。
「……っ、ま、前田くん、これ!」
長い黒髪を耳に掛けながら、上がる息を整えると、吉野は俺の前まで来て、またしてもプリントを差し出した。
いい加減しつこい……と思って、睨みを利かそうとした俺の目に、
好きです! 付き合ってください!
6Bくらいの鉛筆で書かれたんじゃないかと思うくらいに濃い文字が飛び込んできた。
一気に、頭の中が困惑する。
は? 何言ってんの? これ、なんか試されてる?
思わず周りをキョロキョロと確認するが、どうやらここには俺と吉野しかいないようだ。意味が分からずに疑いの目を向けた先の吉野は、プルプルと手を振るわせて、俯いた顔は耳まで真っ赤になっている。
は? 本気? なんで?
まだまだ頭の中は混乱していたけど、このまま引き止められてるのもめんどくさい。次の授業があるから、吉野は戻らなきゃないだろうし、俺は大きなため息を心の中で吐き出してから、プリントを受け取った。
「吉野さんさぁ、いくら真面目な優等生でも、俺の噂くらい聞いてんでしょ?」
怯えてしまっているのか、恥ずかしいだけなのか、顔を伏せたまま、吉野は頷く。
「……はい」
「来るものは拒まない、けど、特定の彼女も作らない。自由奔放、やりたいことだけやる。それが俺の生活スタイル。俺を好きになるのは別に構わないけど、あとは勝手にして。じゃあね」
キッパリ返事を返してから、せめてもの笑顔を向けてやる。踵を返して外へ出ると、今日も太陽はすでに天辺まで昇り詰めてギラギラと熱を降り注ぐ。
もう関わってこないだろ。
そう思っていたのに。
吉野は次の日からずーっと俺を追いかけ回す様になった。
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