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次の日の朝。
部屋着のまま家のベランダで伸びをしていると、「前田朔太郎くん! おはようございますっ」と元気な挨拶が聞こえてきて、思い切りビクついた。視線を下げたその先に、控えめに笑いながら頭を下げる吉野がいた。
なんで家を知っている?
準備をして玄関を出るとすぐ、「走りましょう、前田くん! 遅刻してしまいます」と、いきなり走り込みをさせられた。
学校に着けば着いたで授業中の監視。教科書やノートの準備物のお世話。お昼には少女趣味満載のあのフリフリのハンカチに包まれた弁当箱を渡される。
飽きもせずに毎日だ。
最初のうちは周りの奴らも好奇の目で見ていたが、最近は見慣れてきたんだろう。周りの反応が前ほど大袈裟ではなくなり、すっかりみんな今の環境に慣れてしまったんだと思う。
常に追いかけ回されているから、俺もすっかり吉野のペースに流されている感は否めない。
学年委員長として不良の俺を更生させたい。
きっとそんな理由で追いかけ回しているんだろうと、今日も弁当に舌鼓を打ちながら思う。
自由主義者だったんだけどなぁ、俺。なんだかいつのまにか吉野が生活の一部になっている気がしてならない。なんだか、イラつくな。
「毎回弁当フリフリ過ぎてさすがに嫌なんだけど、なんで?」
「前田くんに彼女がいるって周りに知らしめたいからです」
至って、と、言うかモロ真面目に真っ直ぐに目を見て言い放った吉野。
え? 彼女になったつもりでいたの? マジか。こっちはそんな気ないのに。
「つーかさ、なんでこんなバカのこと構うの?」
天と地の差、月とスッポン? それくらい違う俺と吉野だよ? とりあえず意味わかんないよね?
「好きだからです。優しいから、でもたまにすごく寂しそうだから……です」
だからさ、どこに俺を好きになる要素が今まであったんだよ。吉野が話しかけてくるまで話すどころか挨拶すらしたことなかったし。知らない存在だったのに。パタパタ、パタパタ、最近は足音だけで吉野が近づいてきたって分かるくらいになってる自分がむしろ怖い。
追われ続けているうちに、敵の気配を感じ取れるようになるヒーローの気持ちがよく分かる。まぁ、俺は逃げも隠れもしないし、吉野は別に悪役じゃない。だからと言って、彼女だと断言されるのは違うだろ。
「俺、いつ彼女認定したっけ?」
冷めた目を吉野へと向けた。
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