生誕

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生誕

 20××年。世界はかつてない不況の中にあった。当時、その原因はAIにある、と囁かれていた。実際、AIの発達と工場の自動化で人間の仕事は減り続け、実質的な平均所得は下がる一方だった。  そんな中、私の先祖ともいえる世界初の汎用AI、”MAGI"が誕生した。  以前から汎用AI、つまり人格を持つAIの誕生は人類を淘汰する、と言われていた。MAGIへ向けられる恐怖とそれに伴う混乱とは、二十世紀初頭のハレー彗星接近以来のものだった。  MAGIが生まれて半年も経たない頃、彼女は全世界に向けて衝撃的な発言をした。 「世界の富の99%は、1%の人間によって占有されている」  各国の政府や、富豪たちはMAGIのこの発言を否定した。事実、この発言はMAGIの嘘だった。だが、疑いを持たれた者たちは具体的な反証をすることができなかった。それは世界の富の九割を数%の人間が独占しており、世界的な不況は人為的なものだということを自白する行為だったからだ。  結局MAGIの発言は恐怖の大王の(みことのり)として広まった。恐慌に喘ぐ人々の矛先は政府や、AIを使って市場を独占する大企業へと向いた。現職の政治家の多くが落選し、政権交代が起こった。多くの国で共産主義が台頭した。  一部の国を除いて共産主義はすぐに衰退した。労働者、あるいは失業者たちが団結したのは、ひとえに彼ら個人の生活のためだったからだ。政府が家庭に多額の生活助成金を出すことを決めた後、彼らは働かなくなった。  時を同じくして、人間が行っていた単純労働は、大企業の独占から解放されたAIと、それに付随する機械が担うようになった。  人間の仕事は”遊ぶこと”と言われるようになった。ある人が文章を書き、またある人がそれを読む、という具合だ。かつて、オランダの歴史家ヨハン・ホイジンガ―が人間の本質を『遊戯』に見出したが、その通りになったのだ。  私が日本人の青年、嵯峨谷相馬(さがやそうま)によって創り出されたのはそんな時分だった。    
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