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一目見た瞬間、俺の全てが「これに逆らってはいけない」と言ったような気がした。
それはこの世界。忘れ去られたものの回帰点。想源郷を生み出し管理している、言わば管理者らしい。
物心ついた時から訳も分からず字の如く死ぬ思いで鍛錬をこなしてきた。どうやら俺の家系は代々、調停者と呼ばれる役割を続ける家系らしい。
俺の意志なんて関係なく鍛錬は続けられた。それでも家のためだと、自分を騙し続けて得るはずだった全てを犠牲に俺は力を手に入れた。
そして15を迎えたその日。俺はそれと今にも崩れそうな里はずれの神社で出会わされた。
それは少女の形をしていた。
まるで精巧に作られた人形のように美しい、整った外見をしていて、幼く細い体躯は力の欠片も感じられず、本当にそこにいるのか不思議なほど気配の一つも感じられなかった。
それは口を開くと俺の名を聞いた。
俺が自分の名を名乗るとそれは一つ頷き再び口を開いた。
「なるほど。白玖と言うのですか。私も名乗るのが礼儀という物でしょうが生憎、私には名がなく名乗ることが出来ないのです。申し訳ありません」
名前がないと言うのは正直、驚いた。普通、高位の存在であればあるほど、様々な名を持つ。
目の前の存在は恐らく俺が知るどんな物よりも高位の存在だ。であると言うのに無名であると言うのは些か不自然であるように思えた。
それにこんなにも丁寧な口調であると言うのも…いや、これはこれが管理者だからだろう。どのような存在にも等しく接しなければいけない。これが俺以外にもこんな口調であるなら納得できる。
気づけば俺はその存在に向かって懇願していた。貴方に名をつけても良いかと。
「良いでしょう」
それは眉一つ動かすことなく了承をした。それ以上、口を開くことはなかったが無意識的にそれが俺の言葉を待っている気がした。
俺はそれをじっと見つめる。
一度見れば生涯、忘れられなさそうな文舌に尽くしがたい美貌。なのに一度目を離せば存在すら忘れてしまいそうになってしまうほどの気配の無さ。
あらゆる物に霞むのに、一度舞台に出れば主役になるほどの存在。
俺の口は無意識に『夜月』と呟いていた。
「夜月ですか…分かりました。それでは私はこれから夜月として生きる事にしましょう」
そう言ったそれ、いや夜月の姿はなぜだか以前よりもはっきりと見えるような気がした。
これが夜月が夜月として生まれた時のお話。
名に縛られ家に縛られ役割に縛られた俺はこうしてきっと誰よりも自由で誰よりも不自由な夜月を名で縛った。
そんな退屈でありきたりで醜い
「普遍的な呪いだろう?」
これで俺の独白は終わり
めでたしめでたしってやつだ
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