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「そこまでだ! 観念しろ!」
閑静な住宅街に自分の声が反響する。
全身黒装束の犯人は黒くて大きなバッグを持ったまま逃走していたが、それも長くは続かなかった。入り込んだ道の先に見えたのは灰色のブロック塀。どうやら、この追いかけっこは早めに決着がつきそうだ。警察の制服に身を包んだ俺は、犯人を逃がさないように両手を大きく開いた。
「ここまで逃げてきたのは敵ながら天晴れだ。けどな、お前ももうこれで終わりだ!」
男は苦悶の表情を浮かべる。
「くそっ! なんて足の速い警官だ!」
そんな彼にもうひとこと……と思ったがこれ以上はクドいだろう。俺は何も言わずにジリジリと距離を詰めていった。
「いやいやいや、ちょちょちょちょ……」
そのとき、男が急に慌て出す。さっきの威勢はどこへやら、男の体が小さく見える。
「えっ、どうした?」
俺は一旦足を止め、尋ねてみた。
「えっと……あの……」
男は一定の距離を保ちながら、遠慮がちにこちらを見つめた。
「なんで僕、追いかけられてるんですか?」
唐突な質問に、俺は開いた口が塞がらない。
「はぁ? この期に及んで何を言う! お前どっからどう見ても不審者の格好してるじゃないか! 対して俺はどっからどう見ても警察官。不審な奴を警察が追いかけるのは当然だろうが!」
「待ってくださいよ!」
すると、男が強い口調で会話を遮った。
「俺、記憶にないんです……」
「記憶にない?」
男はゆっくりと頷いた。
「さっき電柱にぶつかったんです。思いっきり……そのあたりから記憶が曖昧で……ていうか、あなた僕を追いかけてたんだから見てましたよね? 僕が電柱にぶつかったところ」
そう言われて記憶を探る。
たしかに、俺が男を追いかけていたとなると、俺の前を男が走っていたことになる。
だが、いくら考えても記憶にない。
俺は彼を怒鳴りつけた。
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