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「──あ? やぁだあ……ネイルが欠けてる」
コスメボックスの中をかき分けて、月愛は爪やすりを探す。けれど見当たらない。
「天愛ぁ……ママの爪やすり知らなぁい?」
隣の部屋にそう声をかけたが返答は無し。
「ティナぁ……返事は?」
耳をそばだてると、かすかに聞こえてきたのは忍び笑いのような声。
「…………」
ルナは物憂げに立ち上り、真っ暗な隣室に向かうと押入の引き戸を力いっぱい開け放った。
隣の部屋からわずかに届く室内灯の明かりが、押入の中で横たわっている十二歳の娘を照らす。
「……シカトしてんじゃねぇよ、このクソガキが!」
怒鳴りつけられても、天愛は虚ろに母親を見つめたまま何も答えない。
ティナは十二歳にしては身長も体重も知能すら平均をゆうに下回り、落ち窪んだ目は虚ろに淀んでいた。着古したお下がりのキャミソールから、枯れ枝のように細く節くれだった手足が覗いている。
「まじキモイんですけど。お前」
淡々としたルナの言葉に、ようやく返ってきた蚊の鳴くような声は。
「だ、れ……」
「はあ!? 何寝ぼけてんだよ、てめぇは!」
ルナはティナの顔を踏みつけた。さらに娘の薄い胸元を何度も何度も蹴り込む。
「あ……ぅう……!」
嵐のような暴力に身をよじりながら、ティナは側にあるボロボロのスケッチブックと粒のように小さくなったクレヨンに手を伸ばした。
これは彼女に与えられた唯一の遊び道具で、これまでに描いた絵で隙間がないほどページが埋まっている。
それは犬や猫といった動物からドレス姿のお姫様、男の子と女の子、花模様の皿やカップもある。
「かゎ……い……、カップ……」
「イカレちまったか? あぁ!? そりゃイカレてるか、リョージくんをたらし込むくらいだもんなぁ!」
リョージはこの家に入り浸っているルナの目下の恋人だ。いくつも年下の優男だが、先日ルナが仕事を早めに切り上げて深夜に帰宅すると、そのリョージがティナに悪戯をしていた。
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