第六章

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 樹の病室の前で立ち止まる。  一瞬の躊躇の後、俺は病室のドアをノックした。  四人部屋だが、ネームプレートは樹のものだけだったからだ。  ドアを開けてくれた樹の母親は俺を見るなりあからさまに顔を曇らせた。 「…朝比奈君?」 「はい」  後ろ手にドアを閉めて、樹の母親が病室から出て来た。 「…父親がいなかったせいなんだと思います」 「は?」 「朝比奈君に全部知られた…って、そう聞いてます」 「…」  樹が担任に付き纏っていた…俺が金髪から聞いたのはそれだけだ。  父親がいないという事が同性の年上に好意を持つきっかけになる…無くはない話かも知れない。  でも樹の場合は違うと思う。  好きになった相手がたまたま担任だっただけで、その気持ちを隠さなかった。  それだけの話なんだと思う。  病室に入ろうとする俺の前に身体を入れ込んで邪魔をしてきた。 「ごめんなさい、不快な思いをさせてしまって。とても仲良くしていただいてたのに…」 「…不快って」 「退院後直ぐに転校させます。だからごめんなさい…もうこれ以上…」 「何で謝んのかなぁ?」  少し力を込めた手で、樹の母親をドアの前から押しどかす。 「2人で話させて…」  返事を待たずにドアを閉めた。
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