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走り終わるなり男女2人の部員がこちらにやってくる。男の方は知らない人だが、俺に話しかけたのはそっちだった。
「1年の沢村くん、だったよね。君、体育祭で中距離走に出る気はない?」
(いきなり何だよ。しかも中距離走って……)
「あ、あの、俺部活とかやってないんで無理です」
俺の拒否の言葉は隣りにいた女子マネージャーにあっさりと覆された。
「さっきお試しで10分走ってもらったんだけど、高坂部長のスピードについていけたのも、終わったときに平気な顔で戻ってきたのも大智だけだったんだよ。今でもたまに走ってるんでしょ?」
マネージャーの大橋美帆は中学の頃から知った仲だ。面倒な奴がマネージャーにいるなと心のなかで舌打ちする。
「たまに軽くジョギングするくらいだよ。知ってるだろ、俺が帰宅部だってこと」
「分かった。じゃあ、30分後にもう1回だけ付き合ってよ。俺が指名した人と一緒に800m走ってもらいたいんだ。それさえ終われば開放するから」
俺はとにかくもう帰りたかったから、高坂部長と呼ばれた人の提案を受け入れることにした。休憩を終えて再度グラウンドに向かうと、1人の男の人が立っている。見覚えがないその人はたぶん上級生だろう。
スタート地点について、美帆の掛け声で同時にスタートを切る。さっきの力を抜いたジョギングと違って、相手は軽やかでスピードも早かった。あっという間に差が広がっていく。
「わざわざ俺が一緒に走ってやってるのにその程度かよ。もっといい勝負させてくれよ」
前を走る人から飛び出したその言葉にカチンときた。
(そっちがそのつもりならやってやるよ)
1周200mのグラウンドを1周走りきったときには30mほどあった差は2周が終わる頃にはほとんど無くなっていた。そのまま3週目が終わり、ラスト1周、の声がかかる。
残り50m程で俺は残った体力と気力を振り絞って前に出た。相手もスピードを上げるが、追いつかれないままゴールする。
さすがに力を使い切ってフラフラと歩き回り、そのまま少しずつ息を整える。ようやく呼吸が整った頃、美帆が近づいてきた。
「もうこれでいいか」
そんな俺の言葉を聞いていないかのように、美帆は俺の腕にしがみついた。
「大智、すごいじゃん。あの渡辺先輩に勝ったんだよ!」
俺は訳が分からずにいると、最初に声をかけてくれた高坂先輩と、たった今一緒に走った渡辺先輩がやって来た。
「渡辺はうちの中距離のエースだよ。さっきのタイムも、県大会ならベスト8に入れるタイムだ。渡辺も文句ないな」
高坂先輩の言葉に渡辺先輩も渋々肯いている。
「お前、本当はもっと早く前に出れただろ。そうすればもっといいタイム出せたのに。なんであんなギリギリまで俺の後ろで粘ったんだよ」
明らかに自分とテンションの違う3人に少しうんざりしてきた。
「別に早いタイム出そうとなんて思ってないし、どういうペースで走ればいいか分からないからついていっただけです。それより、約束守ったんでもういいですか」
俺はそれだけを言い捨てると校舎へ足を向けた。
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