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「すみません、ちょっと口悪すぎですよね」
出ていくなり先輩3人に睨まれる。俺はヘラヘラと笑いながら美帆の隣に行くと隠すように美帆を背中の方へ押しやった。
「先輩達の憤りも十々承知してます。だけど今回は人が足りていないので仕方なくってことでご理解ください。俺も渡辺先輩と一緒に練習させて頂けるの楽しみにしてるんですよ」
ここまで言われるとさすがに言い返す言葉が見当たらないらしい。俺と美帆を睨んだまま出ていった。
「お前な、相手は先輩なんだからもう少し下から発言しろよ。あの人達に嫌われたらやっていけなくなるだろ」
美帆は腕をさすりながら小さく頷いた。おそらくキツめに掴まれたんだろう。
「ごめん。でも、大智を馬鹿にしたから……」
弱々しい呟きを聞いて、思わず美帆の頭に手を載せた。さっきまでの美帆への怒りはすっかりなくなってしまった。そしてそれと同時に、俺は中距離走へのエントリーを受け入れざるを得なくなってしまったことに気づいた。
放課後グラウンドに行くと、渡辺先輩が待っていた。
「出ると決まったからには、厳しくいくからな」
挨拶代わりのその言葉はだてではなかった。それから毎日、ヘトヘトになるまで走らされた。40分ジョギングする日もあればそれが60分の日もある。さらに5kmペース走やインターバル走など、ついていくのに必死だった。
「すぐへばると思ったけど、あの渡辺のしごきについていけてるんだ、本番が楽しみだな」
ジョギング終わりに休んでいると、高坂先輩に声をかけられた。スポーツドリンクを渡されたので、一気に飲み干す。
「この練習についていけなくてみんな辞めていったんですよね。少し気持ち分かります……」
息も絶え絶えに言うと、高坂先輩は笑っていた。
「確かに、下手すると沢村が1番長続きしてるかもな。このまま陸上部に入部してくれても構わないからな」
「冗談じゃないです。俺なんか無理ですよ」
息を整えながらそう言うと、後ろから厳しい声がとんできた。
「当たり前だ。この程度でへばってるようじゃ大会では通用しないと思え。休憩終わりだぞ」
俺はまだまだ疲労感たっぷりの足にムチを打ちながら立ち上がり、渡辺先輩の元へ向かった。
練習を始めて3週間が経ち、体育祭まで10日を切った頃だった。少しずつではあるけど一通りの練習もついて行けるようになってきたとき、高坂先輩に言われた。
「沢村は、1人で走ったときのタイムはすごくいいのに、渡辺と一緒に走るとタイム落ち気味だよな。絶対に渡辺の前に出ようとしないし。遠慮してるか?」
俺が反応する前に渡辺先輩が口を開いた。
「それは俺も感じた。遠慮なんかしてたらベストな走りができないだろう」
2人に詰め寄られて俺は何も言えなくなってしまった。代わりに言葉を発したのは美帆だった。
「大智、まだ昔のこと引きずってるんでしょ」
美帆は俺がひた隠しにして蓋をしてきたものをあっさりとこじ開けた。
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