明日も走る

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 俺は中学の時陸上部に入っていた。種目は長距離走。元々一人で走るのが好きだったので練習は苦ではなかった。時間さえあれば延々と1人で走っていた。  成長期と重なってタイムはどんどん伸びていき、中学2年で代表選手に選ばれて大会に出場した。種目は1500m走、最初は真ん中くらいの順位にいて、徐々に順位を上げていく。残り300mというところでトップに立った。このまま行けば勝てるかもしれない、そう思ったときだった。  後ろから激しい息遣いが聞こえてきたと思った瞬間、足がもつれて体のバランスが崩れ、そのまま地面に倒れ込んだ。顔を上げると目の前でゴールする人の姿が見えた。  今の自分にできることは少しでも早くゴールすること。急いで体を起こしてゴールラインの向こうに体を押し込んだ。そしてそのまま救護室へ運ばれる。 「大智、大丈夫?」  すぐに駆けつけたのはマネージャーの美帆だった。怪我は軽い捻挫くらいだったが、レースの結果は3位だった。ゴール間際の出来事はよく覚えていない。抜かされそうになったときに隣の人の足が引っかかったのは覚えている。だけどそれが抜かれまいと抵抗した自分が悪いのか、抜こうとした相手の悪意があったのかは判断がつかなかった。  それ以来俺は走ることをやめた。走るたびに誰かと接触する恐怖が頭をよぎってうまく走れなくなってしまったのだ。  ただのスランプで、抜け出せれば元通りに走れると多くの人に言われた。だけど俺はあんなに楽しかった陸上が恐怖に変わってしまったことがショックで部活を辞めた。 「陸上とは距離を置いたけど、最近1人で考え事をするときとかに軽く走るくらいは楽しく感じるようにはなりました。だけど他人と近い距離で競ることにはまだ恐怖感があるんです」  俺の話を聞いた高坂先輩と渡辺先輩は顔を見合わせて「分かった」とだけ言ってそれ以上は何も言わなかった。そしてそのまま残りのメニューを消化して今日の練習を終えた。 「沢村、明日から少し練習メニュー変えるから」  渡辺先輩はそれだけ言って帰っていった。今日の話が関係あるのかなと思いながら、明日を待つことにした。  翌日、いつものようにウォーミングアップをしていると、美帆が駆け寄ってきた。 「大智、渡辺先輩が事故にあったって」  昨日の夜、家の近くの交差点でバイクとトラックの衝突事故があり、転がってきたバイクに巻き込まれたらしい。事故自体はそれほど大きなものではなかったけど、渡辺先輩は足の靭帯を痛める怪我をした。  俺と美帆が病院に向かうと、足に包帯を巻いた渡辺先輩がベッドの上にいた。 「ごめんな、大事な時期にこんなことになって。俺の分まで沢村に頑張って欲しい」  笑顔でそう言ってくれたけど、走れない悔しさが表情からにじみ出ていた。俺は素直に頷くことができず、俯いてしまう。すると渡辺先輩は俺の腕を強く握りしめた。 「大丈夫、俺の厳しい練習についてこれたんだ、不安になることないよ。それに、お前は確実に俺より速い。……2年前からな」 (2年前? どういうことだよ……)
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