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空が茜色から濃紺に変わる頃。
淫花廓の営業は始まる。
徐々に灯が燈されていく建物は赤く妖しい色に染まり、闇が深くなるにつれその独特の雰囲気を色濃くしていく。
いつもなら出勤する紅鳶を見送る時間だが、今日は違った。
彼は今、アオキの膝枕の上にいる。
「こうしてゆっくりできるのも久しぶりだな」
「ずっと休みなしで働いてましたもんね」
アオキはゆったりとくつろぐ紅鳶の美しい髪をさらりと撫でた。
紅鳶は元ゆうずい邸のナンバーワンをはる男娼だったが、今は次期楼主候補として裏方に徹している。
指揮を執るのは堅物の現楼主だが、その役目も少しずつだが紅鳶に任されていっているらしい。
一見するとただの遊郭だが、そのバックには政界や芸能界も絡んだりしているため、引き継ぐためには相当な労力と忍耐力が必要になる。
恐らく紅鳶の苦労や努力はアオキの想像より遥かに大きいはずだ。
しかし、紅鳶は一度もなきごとや弱音を言った事がなかった。
帰宅すればいつもアオキを優しく抱きしめてくれるし、ありがとうと感謝までされる。
本当にできた人間なのだ。
「相変わらず揉め事を起こす男娼がいて毎日慌ただしい。こないだは双子男娼の問題児菖蒲が苺の目を掻い潜ってしずい邸に潜り込んだあげく、マツバを襲ったらしい」
「え!?マツバを!?」
「あぁ、ちょうど楼主が通りかかってことなきを得たらしいが」
「そうですか…」
紅鳶の言葉にアオキはほっと胸を撫で下ろす。
マツバは元しずい邸の男娼だったアオキの数少ない友人の一人だ。
健気で努力家でいじらしいのだが、少し空回りしてしまう傾向があるため、いつも心配している。
すると、突然紅鳶が膝枕から起き上がった。
「そうだ、せっかくの休みなんだ。何かしたいことはないか?アオキのしたい事を何でもやってやる」
男らしいシャープな面立ちににこりと微笑まれて、アオキは思わずドキッとした。
正直一緒にいれるだけでじゅうぶん幸せだし、特別何かしてみたいなんて考えたこともなかった。
忙しい中とれた貴重な休みを、アオキのわがままのために使ってほしくない。
しかし、せっかくの紅鳶の提案を無下に扱うこともできない。
「あ、あの…」
少し考えたあげく、アオキは口を開いた。
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