好きな人

6/11

263人が本棚に入れています
本棚に追加
/67ページ
「NO」 と断ったのにもかかわらず、菖蒲にいいから任せなさいと強引に押されてついに楼主の部屋まで来てしまった。 ぽやぽや脳の兄に苺の恋を進展させることができるとは思えないのはもちろん、肉欲のためなら気持ちがなくてもセックスできるような菖蒲が果たして恋というものを理解しているのかも謎だ。 いつになく姿勢の正しい菖蒲をチラチラ見ながら、苺は余計なことするなよと何度も囁いた。 だが、不安な一方で少し期待もしてしまう。 誰にも知られずこっそり自分の中で消すつもりだった想い。 だが菖蒲に知られたことにより、その気持ちがどれだけ強いものか改めて思い知らされた。 特別になりたいなんて贅沢は言わない。 ただ少し、ほんの少しだけ、こちらを意識してほしいのが本音だ。 「呼び出された理由はわかってるな?」 部屋に入るや否や、すぐに鋭い言葉が飛んできた。 薄くベージュがかった色の着物姿に、片手は懐手、もう片方の手に握られた煙管から紫煙をくゆらせるお決まりのスタイルだ。 短く整えられた頭髪は黒と白髪が混ざったグレーで何の飾りっ気もない、おじさんと言ってしまえばおじさん。 だが、楼主には現役で活躍する男娼にはない独特の雰囲気がある。 元一番手だった紅鳶も男らしさを絵に描いたような容姿で圧倒的な存在感を放っていたが、楼主はまたそれに熟年ならではの漢らしさと色気が混ざり、歳を重ねたものにしかだせない魅力を放っている。 加えてあの何もかも見透かしているような鋭い眼光に見据えられると、苺の心臓はたちまち激しく鼓動を刻み始めるのだ。 楼主は煙管に口をつけると、大きく吸い込みゆっくりと吐き出した。 たちのぼった煙が菖蒲と苺を一瞬白くする。 煙が晴れると、煙管の先を菖蒲に向け、次に苺へと向けてきた。 「お前は言わずもがな、お前の方は監督不行き届きだ。あれほど目を離すなと言っているのに何をしてた?お前の不注意のせいで男娼(商品)が一人使いものにならなくなるところだった」 その時、楼主のものとバチっと視線が絡んでしまった。 かぁっと顔が熱くなる。 「は、はぁ…」 苺は思わず目を逸らすと、曖昧な返事をした。
/67ページ

最初のコメントを投稿しよう!

263人が本棚に入れています
本棚に追加