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最悪だ。
バリタチにもかかわらず、後ろに挿れられてしまったあの時よりも最悪な状況だ。
「お前ら何を企んでやがる」
楼主が眉間の皺を増やしながらこちらをじろりと睨んでくる。
すると、わざとらしいため息とともに菖蒲が再び口を開いた。
「だーかーら、苺があなたのこと好きなんですってば!最近お耳も悪くなってるんじゃないですか?これだからお年寄りは…むぐっ」
苺はペラペラと喋る菖蒲の口を片手で塞ぐと、楼主に向かって苦笑いを浮かべた。
「あはは、菖蒲ったらどうしたんでしょ、なんか変なもんでも食ったかな」
見えない方の手で菖蒲の腕をぎゅうぎゅうつねると、菖蒲がいたーいと手の中で叫ぶ。
頼むから色々突っ込まないでほしいし、なんなら聞き間違えだと思ってスルーしてほしい。
そう願いながらへらへら作り笑いを浮かべていると、楼主が
「おい」
と誰かを呼んだ。
どこかに控えていたらしい男衆が音もなくスッと現れる。
「菖蒲は一ヶ月間、勤務後に全室の風呂掃除を命じる。言っておくがさぼろうなんて舐めた真似するんじゃねぇぞ。監視付きだからな」
「え〜めんどくさ〜い〜」
「うるせぇ、自業自得だ。とっととアレを連れてけ」
楼主に命じられた男衆はぶちぶち文句を言う菖蒲の首根っこを掴むとひょいと抱え上げる。
チャンスだと思った。
このまま何事もなかったかのように逃げればいい。
苺は扉に向かう男衆の背中にくっついてコソコソ出ていこうとした。
ところが、間を置かず呼び止められてしまう。
「苺は残れ」
「…へい」
逃亡に失敗した苺はくるりと向きを変えると再びヘラっと笑って見せた。
「あ〜俺もどっか掃除ですかね?ま、まあ仕方ないですよね、はは、がんばりまーす」
下手な劇のセリフのような苺の言葉に、楼主は少しも表情を変える様子はない。
ただ眼差しだけがじっと苺を見据えている。
まるでこちらの心の中を透か見ているかのような視線に、心臓がうるさく高鳴りだす。
やめろ、止まれ、聞こえてしまう。
苺は自分の心臓に言い聞かせた。
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