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次の瞬間、苺は自分の目を疑った。
楼主の顔が目と鼻の先にあったからだ。
殴られると思っていたがそんな様子はなく、楼主はただただ苺をじっと見下ろしている。
通常の苺だったら相手を押し除けているか軽口を叩いていなしているかだが、そんなこと到底できそうになかった。
力強い眼差しが苺をしっかりと縫い留めてきているからだ。
何…何だよ…
黙ったままとかまじキツいんだけど。
どうすることもできない苺は、ただ相手のアクションを待つことしかできない。
すると、鼻腔が何かを探知した。
至近距離にいるせいかいつもの煙草の匂いに混ざってほんのり違う匂いがする。
香水のような鼻にツンとくる匂いではなく、自然で心地良い清潔な香りだ。
使っている石鹸か整髪剤かはわからないが、またひとつ知らなかったことを知れた感じがして胸が高鳴ってしまう。
だめだ、これ以上至近距離でいたら心臓が保たない。
その時だった。
楼主の顔が近づいてきて、苺の目の前で僅かに傾いた。
耳元に吐息がかかる。
さっきよりもより近くに楼主がいる。
「もう一度聞く。お前、俺のことが好きなのか?」
低い声を更に低くして、楼主が訊ねてくる。
いつもと同じ感情の読み取れない淡々とした声で。
だが、どことなく普段より艶を帯びている気がしてぞくぞくとしてしまう。
自分の心臓が鼓動を刻む音がはっきりと聞こえてくる。
顔も体もものすごく熱い。
まずい。
こんな距離じゃ気持ちがバレてしまう。
恥ずかしくなった苺は咄嗟に言ってしまった。
「ち、ちが…ちが…っ、ちが…」
色んなことが起こりすぎていよいよパニック状態になっているらしい。
上手く言葉が紡げない。
だが、次の楼主の言葉で苺は更にパニックになった。
「ほぅ、そうか…俺はおめぇのことが嫌いじゃあねぇんだが」
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