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実は三か月ほど前に行われた社内コンペで咲月のアイディアが社長賞をもらったとき、その先輩のアイディアは最終選考で落選してしまっていた。
一応顔を合わせれば『おめでとう』『いいプレゼンだったもんね』『企画がんばって』と優しく労ってくれるが、陰では咲月が卑怯な手を使ったとか、あんな企画なんて失敗すればいいとか、ひどい悪口を言われていたのだ。咲月がお手洗いに入っているときに、隣のパウダースペースで後輩に文句を言っているのを直接聞いていたので、咲月の気のせいではない。
さらに間の悪いことに、先輩が密かに想いを寄せている男性社員が咲月の企画のメンバーに加わることが決まった。それが火に油を注いでしまったらしく、そのうち彼女から隠しきれない怨念を感じ取るようになった。
だから咲月は密かに怯えていたのだが、偶然にもプロジェクトが本格化する前に先輩が仕事を辞めることになった。先日の朝礼でじきに退職すると報告したとき彼女の顔が青ざめていたのは少しだけ気になったが、正直面倒事に巻き込まれずに済みそうでほっと安堵している咲月である。
「でもまあ、それは関係ないよね」
とはいえ、それはあくまで会社での話だ。たまたま時期が重なっているので関連付けてしまいがちだが、コンペの結果やプロジェクトの進行と、咲月に非通知電話や無言電話があったり、帰宅時に尾行をされることに、何かの因果関係があるわけではない。と思う。
咲月が苦笑すると、なぜか風斗が呆れたようにハアとため息をついた。その表情に一瞬むむっとするが、風斗は気にせずブラックボードに新作スイーツの金額を描き足している。
「……ありがと、風斗」
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