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ほどよい速さで仕事をすれば、手抜きをしていると言いがかりをつけてまた謝らせる。
さっさと帰るために、抵抗しない私に仕事を押し付けて、残業代が出れば「一人で頑張って、抜け駆けしている」と言って、あれこれ噂する。
わけがわからなくなって、仕事ばかり増えて、仕方なく持ち帰ってから徹夜したこともあった。
感謝もされず、ただ粗探しされて、謝ってばかり。
認める声は、どこからも聞こえてこない。
むしろ息ができなくなった身体と、疲れ果ててしまった抜け殻みたいな時間しか与えられていない。
欲深くて、ずる賢い奴らに翻弄されて、余計なものまで背負わされた結果、少しも報われていないうえに、追い討ちまでかけられている。
目の前にいるふたりの、梨花ちゃんと龍彦くんの母親だって、やっていることは変わらない。
むしろ、母親であることと家族であることで逃げることも会社に比べて、難易度が高い気がしてしまう。
「お兄ちゃん、しょーちゃんには伝えたの?」
もちろん、と龍彦くんが頷いた時にガラガラと病棟の入り口にある、ステンレスのコの字型をした大きなハンドルがついたスライド式のドアが開く。
「やあ、今日はにぎやかでいいねー。えーと、お兄さんでしょ?はじめましてー、いつもお世話になってますぅ」
ふんわりとした、ゆるくうねっている淡褐色が柔らかそうな印象を与える髪をラベンダー色のシュシュで結び、深緑色のスクラブを着てやってきた吉備沢先生は、切れ長で猫を思わせる目をさらに細めて微笑む。
「しょーちゃん、その挨拶逆じゃない?」
「えー?でもネグセつくと、梨花ちゃんいっつもアイロンでなおしてくれるんだもん。ありがとねん。お兄ちゃん、龍彦くんだっけ?お待たせしちゃってごめんねえ、ちょっと手間取っちゃって」
バタバタ、バタバタと忙しない足音が病室に向かってくる。
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