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3-3 涙と言葉(下)
引き止めるようお願いしたはずじゃないですか、と軽く睨む吉備沢先生に対して、病室に飛び込んできた五十嵐先生は「ごめんなさい」」の一言もない。
なんか口ばかりの、嫌な奴だったんだよねと梨花ちゃんが言っていた通り、胡散臭さがどことなく漂うというか、私を浅井さんの言いなりになって追い詰めて、生贄にされることから逃げ回って、思ってもいない褒め言葉を並べている連中と同じ目をしているなと失礼ながら、第一印象でそう感じてしまった。
私たちとあまり目を合わせないようにキョロキョロと視線を泳がせて、この病院では「外科医」をあらわすネイビーのスクラブを着て、つま先が薄汚れたベージュのデッキシューズには大きくマジックで「五十嵐」と名前が書いてあって、まるで小学生の上履きみたいで吹き出しそうになる。
あのメガネ、買い替えたばかりかもよと梨花ちゃんがそっとささやいた。
透明のセルフレームに、小顔に見えることを意識しているのかレンズは大きめに作られているけれども、いかんせん頬がひまわりの種を詰め込んだハムスターみたいにふっくらとしているため、逆効果となっているだけじゃなく、胡散臭さに拍車がかかっている。
緊迫した状況下にも関わらず、なんだか笑いを堪えるのに必死だ。
胡散臭さはきっと、梨花ちゃんから色々聞いていたのもあるだろう。
彼女が運ばれてきた時にナイトドクターとして「ただ、存在していただけ」だったというまるで「でかいお飾り」みたいだったから、こいつ大丈夫かなって不安だったらしいから、信用度はゼロだ。
そんな五十嵐先生は唇を尖らして「いや、でも」とズレたメガネを直して、言い訳を始める。
「浅井さんって、医局長の奥さんの妹の同級生だって聞いて、それじゃあ出禁とか不味くないですか?」
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