3-3 涙と言葉(下)

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 私は、社会人になってから、ずっと。 「信じないって言われてもなあ、これぜーんぶ、お母さん、あなたが引き起こした現実なんですよ。荒療治になっちゃったけどお、梨花ちゃんも龍彦くんも、お母さんに大して失望したくなかっただろうなあ。もし、もうひとつの現実さえ、あなたが引き起こして、さらに楽しむなんて酷いことしなかったらねえ?」  浅井さんは「違う、違う、弱いのはあっちよ!鍛えて、鍛えてやったんだから!」と目を、心を逸らし、すり替えて、言い訳を並べる。  往生際が悪くて、むしろみっともなくて、ぶざまだ。 「空気を読むとか、誰がやったかなんて秘密にすることなんか、暗黙の了解でしょおお?自分が悪いから、弱かったからってことで済ませることぐらい、世の中じゃ、ぜんっぜん常識よっぉおお!私にだって、家族が、家庭があるのよ!あいつが大袈裟に入院なんかしなかったら、面倒なことからずーっと、ずーっと逃げて、全部あいつと梨花に背負わせて、龍彦ちゃんを幸せにさせられたのに!」  そう浅井さんが言い終えた途端、梨花ちゃんがツカツカと歩み寄る。 「見てよ、この傷も目玉も、お兄ちゃんの唇も。ちゃんと見ろよ!まさかサヤカちゃんも、母さんが追い詰めてたなんて……最低、大っ嫌い!押し付けて威張り散らして、何もかも奪い取るあんたなんか、大っ嫌い!」 「生意気言わないで、あんたは黙って財布になってりゃいいのよ!何よその傷、気持ち悪い、こんなもの見せないでよ!具合が悪くなるでしょ?ねえ龍彦ちゃん、母さんを助けてえ?」  ゾワっと背中が震えそうな、甘ったるい声を、こんな状況でも発している浅井さんには子供達と向き合う気持ちも贖罪の意思も、見当たらない。  具合が悪くなるとか、あんな傷ができるまで梨花ちゃんをこき使ってきたくせに言える立場じゃないのに。それも理解しない。    いや、理解したくないんだ。
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