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普段の彼女なら、ここで大人しく引き下がったはずだ。自分が年上だということに引け目を感じているのか、いつも俺には一歩引いてしまうのだ。しかし、今回は珍しく食い下がる。
「で、でも、これでも何度も練り直したんです……。これ以上急には、私には……」
苦し気に声を絞り出し、唇をかむ彼女を見て、胸がチクリと痛んだ。
おそらく、誰よりも自分を責めているのは楓花さんなのだろう。
そう思いながらも、未だに埋まらない一メートルほどの距離に視線をやる。
(それでも、さすがに遅すぎじゃないか? ナマケモノだって一時間で五メートルくらいは近づくんだぞ)
このまま彼女に任せておいたら、普通の夫婦の距離感を保てるまでに何年もかかるかもしれない。彼女の気持ちもわかるが、ある程度の強硬手段も必要じゃないだろうか。
明日の土曜日は二人とも休みで、楓花さんも特に用事があるとは言っていなかった。今週は残業も少なかったようだから、少し外出するくらいの余裕はありそうだ。
「よし。じゃあ、明日、二人で出かけましょう」
「……えっ?」
「そういえば、デートってしたことないですよね。それを今月の目標にするってどうですか?」
「え、デッ、デート、ですか!? む、無理です! 何をすればいいのかわかりません!」
動転して声を上げる楓花さんに、ゆっくりと言い聞かせる。
「普通に、買い物とか行くだけですよ。今月分の目標だから、明日一日頑張るだけでいいですし。それ以降の目標は、来月に持ち越しってことで」
「……っ」
楓花さんはだいぶ逡巡した後、
「――わかり、ました……!」
苦渋の決断、といった風にそう答えた。
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