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 信号を渡り、新宿通りを新宿方面に歩く。昔からの店も多いが、再開発、強度補強の為に改築中の建物がやはり目立つ。街も歳を重ね、変わらざるを得ない。 「駅前、あんな大きなビルが建ったのね」  彩子はこの街の変貌に少し驚いているようだった。 「便利になったよ、前はスーパーだって遠かったけどね。あそこはまだある」 「マスター、元気なの?」 「だいぶ動きはのろくなったけどね」  謙二は以前と変わらず、いや結婚前のような自分達の会話に少し戸惑っていた。あんなにお互いの感情に冷め、疲れて別れた筈なのに、まるで嘘のようだ。  謙二が「あそこ」と言ったのは、駅からほど近い古い喫茶店だった。店の名は「バラード」と言い、これはジャズ好きなマスターがジョン・コルトレーンの名盤から拝借したものだった。彩子とはよく来たものだが、夢乃は駅前のチェーン店の甘い味しかしないコーヒーを好み、足は遠のいていた。  重いガラスの扉を押し開けると、奥にあるカウンターから、「いらっしゃい」とマスターの声がした。いつもハンチングを粋に被り、エプロンもぱりっとしている。
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