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2.
信号を渡り、新宿通りを新宿方面に歩く。昔からの店も多いが、再開発、強度補強の為に改築中の建物がやはり目立つ。街も歳を重ね、変わらざるを得ない。
「駅前、あんな大きなビルが建ったのね」
彩子はこの街の変貌に少し驚いているようだった。
「便利になったよ、前はスーパーだって遠かったけどね。あそこはまだある」
「マスター、元気なの?」
「だいぶ動きはのろくなったけどね」
謙二は以前と変わらず、いや結婚前のような自分達の会話に少し戸惑っていた。あんなにお互いの感情に冷め、疲れて別れた筈なのに、まるで嘘のようだ。
謙二が「あそこ」と言ったのは、駅からほど近い古い喫茶店だった。店の名は「バラード」と言い、これはジャズ好きなマスターがジョン・コルトレーンの名盤から拝借したものだった。彩子とはよく来たものだが、夢乃は駅前のチェーン店の甘い味しかしないコーヒーを好み、足は遠のいていた。
重いガラスの扉を押し開けると、奥にあるカウンターから、「いらっしゃい」とマスターの声がした。いつもハンチングを粋に被り、エプロンもぱりっとしている。
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