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 謙二が軽く会釈すると、マスターは後ろの彩子に気づいて言った。 「おや、久しぶりだね。謙ちゃん、遂に頭下げたか」 「やめてくださいよ、そういう冗談は」  謙二が返すと、マスターは肩を竦めた。 「いつもの…あそこの席、どうぞ」  カウンター奥に入っていくマスターを見ながら、彩子がぽつりと言った。 「そう言えば、頭、下げてもらってないな」  彩子と差し向かいで座るのはいつぶりだろうか。別れる直前は視線さえ合わせない事もあったのだ。今日のマスターのブレンドは、とびきり苦味がきつい気がした。 「やっぱり美味しい」  彩子は平然とカップに口をつけている。すっと口紅を拭う仕種も、変わらなかった。 「で、どうしたの。今日は」  謙二は尋ねた。彩子から会おうとする事は、夢乃が大きくなってからは無かったからだ。その代わりという様に、夢乃が彩子と謙二の接点として常に存在していた。その夢乃も成長して身長も伸び、踵の高い靴を履いてくる事も増えた。
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