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タイムリミット 12分!
「ゼラニウムって花は、室内を明るくしてくれるでやんすな」
青年は窓際に置かれた鉢植えの花に、小さなじょうろで水を与える。そして、中央に近付くにつれ赤から薄ピンク色に変わる花びらを、愛でるように眺めた。
青年は二十歳前に見えた。だが、角度によっては十歳くらいの少年にも見えた。
「赤い花は、夜景に映えるでやんすな」
高層マンションの窓から見える夜景は格別だ。ビルの明かりが、宝石を散らしたように広がっている。その手前に赤いゼラニウム。青年はそのコントラストを楽しんだ。
その時、室内に「プルルルル」と呼び出し音が響いた。
青年は、窓際にじょうろを置いて「もしもし、サクマです」と返答をする。
「私だ」
室内に男性の声が響いた。低く落ち着いた声。壁の中に設置されたスピーカから発せられていた。
「出動でやんすか?」
「そうだ。時間がない」
男性の声が終わらぬうちに、青年は室内を駆け出していた。
部屋が外部に面しているのは、大きな窓と両開きの扉が一つだけ。扉の先はエレベーター。青年が近付くと自動で扉が開く。青年が乗り込むと、猛スピードで降下を開始した。
「車のスタンバイはできているのか?」
男性の声はエレベーター内でも聞き取れた。
「24時間、365日、いつでも準備万端。それが、あっしの仕事っすから」
地下一階で降りた青年は、壁に掛けてあった皮のジャケットとヘルメットを手に取る。
そこは駐車場、十台ほどの車が並んでいた。スポーツカー、バギー、大型トラックなど車種は多種多様だ。
小走りでスポーツカーに乗り込んだ青年は、即座にエンジンを掛けた。アクセルを踏むと、キーンと小気味いいモーター音が響く。
「タイムリミットはどのくらいで?」
「12分。距離は5000だ」
男性との会話はヘルメット経由に切り替わる。
青年は勢い良く車をスタートさせた。地上に抜けるスロープを上ると、その先の鉄製扉が両側に開いた。
「まったく、旦那はいつも、無茶ばかりでやんすな」
そう言いつつも、青年は楽しそうだ。道路へ滑り出すと、そこには五台のスーパーカーが並んでいた。
「カウントダウンは無しだ。すぐにスタートしろ」
「かっ飛ばしやす!!」
青年はアクセルをベタ踏みした。
キュルルと、タイヤが空回りし煙が上がったかと思うと、車は猛スピードで発進した。
「遅い、遅い!」
五台の車を背後に見ながら、青年のスポーツカーは独走した。
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