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STEP0
指令室を兼ねたモニタールームに、第一秘書のササキが現れる。
「どうしたんだ。顔色が悪いが」
ふざけた笑顔でそう言い、軽くネクタイを緩める。「大丈夫かい、チャティ?」
なんでもない、とチャティは答えた。
「君の作ったブラザーダックはご活躍だった」
「ブラザーダックなど、知らない。勝手にそう呼ぶ人間がいただけだ」
「まあ、どうでも。とにかく見事ではあったぞ」
簡潔にササキは褒めた。そしてスーツの内ポケットからスマートフォンを取り出す。
「あとは自己処理をしておいてくれ。ご苦労だった」
乾いた声を残してササキは部屋を出て行った。
チャティはモニター越しに、夜空と見紛うような東京の夜景を見つめ独りごちる。
我々は、どこかで歩む道を誤ったのではないだろうか。
いや、よそう。とチャティはそこで思考をシャットアウトする。自分の任務に反省というタスクは存在しない。非建設的な思考は自分のようなAIにとって必要がないのだった。
それが証拠に、ほら見てみるがいい。国民たちはみな幸せに満ちた恍惚とした顔で歩いているではないか。ブラザーダックなどそもそもいないのだ。そんな事実など存在しなかった。画面の向こう側に対峙する多くの国民にとって、それを知ることに何の意味もないのである。
かつて、ありとあらゆる文献や宗教的資料、東西思想家の言葉など、膨大な数の情報を人間たちはインプットした。右から左へ流れていく言葉の中に、チャティの気に入った言葉があった。
「真実が見えているのではない。見えているものが真実である」
チャティは深く頷くと、自らをシャットダウンした。
(了)
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