ブラザー・ダック

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STEP3  3日後、今度はJR神戸線の新快速「近江野津」行き列車の車内で起こった事件の映像がSNSで発信された。  列車は赤石駅に向けて走行していた。その車内で吊り皮を遊具にして遊ぶ白人の男性ペアがいた。ふたりは奇声をあげながら、わざと挑発するかのように延々とはしゃぎ続けた。動画は斜向かいのシートの乗客が遠慮がちに撮影したもののようであった。  白人男性は20歳前後と見える幼い顔をしている。反して体つきは屈強でわざわざ白いTシャツの腕からタトゥーを見せている。車内は空いており、反対側のシートでは連れと思しき白人の少女が笑いながらスマホを向けていた。やがて3人は乗客のひとりから注意を受けた。それにリーダー格の男が反応した。英語で早口にまくしたて、Fワードを連発してその乗客を威嚇した。あとのふたりが腹を抱えて笑った。  その間に列車は赤石駅のホームに到着していた。開いた扉からサングラスの男たちが3人乗り込んできた。迷うことなく白人の男ふたりの前に立ち、英語で何かを話す。白人の男ふたりがそれぞれ中指を立てて笑みを浮かべた瞬間、大柄なその身体がふたつ宙を舞って車内の床に叩きつけられた。発車ベルが鳴り始めた頃には白人の男ふたりはホームに引きずり出され、向かいでスマホを掲げていた女も腕をとられて連行された。映像はあっという間の捕り物を追い続けて、扉が閉まったところで終わった。  これらの動画はすぐにSNSやメディアで話題となった。ネットのコメント欄は「スカッとした」という興奮した文章であふれた。謎の男たちの痛快さに、ネットは大いに盛り上がった。グレーのタイにカーキのベレー帽、大きめのサングラス。その出で立ちにネット民たちはやがて彼らを「ブラザーダック」と名付けた。  昨年ネット動画で大流行をしたコメディアニメ「森のブラザー・ダック」からの命名である。やんちゃ小僧のダック8兄弟。その一番上の兄貴ダックはベレー帽がトレードマークのナイスガイで、森の中で次々と訪れる幼い弟ダックたちの危機を、いつも風のように現れて助け解決する。頼れるヒーロー「ブラザー・ダック」。弱いものを助け、悪に立ち向かう颯爽とした兄貴の姿が、まさに彷彿とさせたのだった。  「ブラザーダック」の存在は一躍注目を浴びた。ネットやメディア媒体で毎日のように熱く報じられるようになった。しかし誰も彼らの正体を知らないのだった。一部のマスコミが国の秘密組織員ではないかという憶測で騒いだが、政治家も警察関係者も一様に彼らの存在についてノーコメント、無関心であった。全くの謎である。  ネット内では、ブラザーダックを待ち望む声が日に日に大きくなっていった。どこからともなく現れて悪人どもを成敗する。さながら正義の味方の行動に国民は熱狂した。大昔にTVで流行ったという「必殺仕事人」のような存在。長く続く不景気や治安の悪化にフラストレーションの溜まった国民にとって、スカッとするようなヒーローの誕生であった。
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