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「こんばんは」
その声に振り返ると、住宅街の細い生活道路さんがそこに立っていた。
「住宅街の細い生活道路さん、こんばんは。見苦しいところを見せちゃったな……」
「なんだか、大変そうですね」
「住宅街の細い生活道路さんは、いつでも穏やかですね」
「ご丁寧にありがとうございます。呼びにくければ、遠慮なく生活道路とお呼びくださいね。私はしょせん住宅街の中に敷かれた細道ですから。スピードを出して頂く事もできませんし、皆さんをどこか遠くへお連れできるわけでもありませんので……」
「でも、住宅街の細い生活道路さんがいなければ、俺の車はアパートの駐車場から出ることもできないわけだから」
「そう言ってくださるだけでも嬉しいです。でも、そうやってどんな道路にも耳障りのいい言葉をかけるのは、あまり感心できませんよ」
「耳障りがいいなんてそんな……」
先程までと同じことをしてしまったのかと慌てる俺を見てか、生活道路さんはクスリと笑った。
「すみません、少し意地悪でした。わかっています。あなたは一人のドライバーとしてどんな道路にも敬意を払ってくれている。そういう事ですよね」
「……そうなんだ。そこに道路が無けりゃ、俺の車がどんなに早くったってパワフルだって無力だ。だから、俺はどんな道路でも感謝して走りたいと思ってる」
「ええ、わかります。それは、運転にも表れていますから。そんなあなたの運転だから、高速道路さんも国道さんもあなたを好きになったのでしょう」
「生活道路さん……」
「今の運転を続けることです。いずれ、高速道路さんも国道さんもわかって下さると思いますよ」
「そうですね……」
「それと、ようやく生活道路と呼んでくださいましたね」
「え、あ……いや……」
「ふふふ。嬉しいです」
柔らかな笑顔に、俺はどぎまぎして言葉を続けることができなかった。
もう暗いから気づかれることは無いだろうが、多分今の俺は顔が赤い。
「それで?」
「はい?」
「明日は高速道路と国道、どちらを通るか決めたんですか?」
いたずらっ子のように微笑む生活道路さんに、俺は咄嗟に返事することができなかった。
「ふふ、ちょっと意地悪でしたか? でも、私だってあなたの運転が好きなんですよ。そこのところ、お忘れなく」
住宅街の細い生活道路さんの言葉は、俺の胸に尾根くのしかかってくるような感じがあった。
俺は何も答えられず、会釈をして建物の中に戻った。
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