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Second Home
北海道でのスローライフを思い描いていた親父は、道外出身者が陥る罠に悉く嵌まったと語る。
親父の世代の大半が影響を受けた、長編ドラマがある。厳しくも美しい大自然、素朴で人情味豊かな人々、可愛い野生動物が畑を駆け抜け、海にも山にも美味しい食材が溢れている――そんな理想郷の如き“北の国”が描かれていた。
札幌市は、言わずと知れた北海道最大の都市だ。父が憧れていた“純クンと蛍チャンの物語”は、札幌より北の田舎町が舞台ではあったが、やはりフィクションだった。
確かに美しいけれど、厳しすぎる大自然。初めての冬、ドラマの中で憧れの女優が入っていた山腹にある露天風呂に行った。今でいう“聖地巡礼”だ。冬タイヤを履いてもなお、路肩も中央分離帯も消える雪道の運転は緊張の連続で、ようやく山麓まで着いた時には、天候が急変して通行止めになっていた。引き返してスーパー銭湯で温まって帰宅したら、アパートの水道管が凍結破裂していて、部屋が水浸しになっていた。入居時に加入していた保険で金銭面では事なきを得たが、強烈な北国の洗礼に心が折れそうになったという。
翌夏、“聖地巡礼”のリベンジで、ラベンダー畑に向かった。高速まではスイスイ走れたが、一般道に下りた途端、渋滞に嵌まった。立ち寄ろうとしたコンビニの駐車場が一杯だったので、次のコンビニでもいいかと思ったのが甘かった。20km先まで田畑が続き、脱水症になりかけた。やっと辿り着いた紫の絨毯は確かに美しかったけれど、修学旅行生とインバウンドの外国人旅行客だらけで、売店は混んでいるし、トイレの行列にも辟易した。自然の景観より、観光客の後頭部を見ている時間の方が長かった――北海道の“観光地あるある”だった。
転勤直後の歓迎会では、同僚から、北の繁華街ススキノには「熊が出るんだぞ」と脅され、地域限定の保険特約として「熊保険」なるものが存在すると教えられた。もちろんこれは古くからある“地元ジョーク”だが、昨今は餌不足で山から人里に下りてくる熊が増え、札幌郊外の住宅街にさえ本当に出没するから笑えない。
ちなみに、痩せっぽっちの野良犬かと思いきや、キタキツネがその辺の道を歩いていることもある。遭遇しても「るーるるるー」などと呼び寄せたり、みだりに触れてはいけない。彼らは意外と凶暴で噛みつかれる恐れがあるし、なんといってもエキノコックスという寄生虫の宿主で、それは人にも感染する。野生動物とは適切な距離を保って暮らすのが、双方の幸せというものなのだ。
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