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On The White Line
方言や風習にも、罠は潜んでいた――親父は語る。
「静岡に帰省した同僚が、職場にミカンを送ってくれて、皆で分けたんだ。課長が、腐ったミカンを『なげてくれ』って言うから、いやいや手掴みして課長に投げたら、グジャッと――」
北海道では、物を“捨てる”ことを“なげる”という。この方言を知らずに起こる道外出身者の悲劇は、あまりにもベタな“北海道弁あるある”だ。
「そうそう、北海道じゃ“ゴミ集積所”のことを“ゴミステーション”って呼ぶんだ。『五味駅って、どこにあるんですか?』って訊いて、無茶苦茶笑われたなぁ」
父さん、北海道に“五味駅”なんてない訳で――。
薄くなった頭髪を掻きながら、親父は恥ずかしそうに笑う。北海道弁にまつわる失敗談は、今やテッパンの持ちネタだ。
札幌暮らしの1年目、親父は冷涼な夏を満喫し、味覚の秋を堪能した。そして冬――一度に激しく雪が降る“ドカ雪”も、激しい吹雪で視界を奪われるホワイトアウトも、大学時代の経験から充分警戒していた。けれども、伏兵は降雪の前に居た。
「ブラックアイスバーンって言ってな、アスファルトが凍っているんだけど、パッと見、濡れているくらいにしか見えなくて」
北海道には、夏靴と冬靴がある。冬靴は中敷きが温かく防寒にも優れており、靴底にゴムを張ったりピンが刺してあり、凍った道や雪道に対応している。それでも、ブラックアイスバーンは恐ろしい。特に交差点、横断歩道を渡る時は、絶対に白線を踏んではいけない。白線の上には薄く氷の層が出来ていて、踏んだが最後、ツルッと簡単に層が剥がれて足元が掬われてしまうのだ。
「いいか、白線には悪魔が罠を仕掛けているんだ」
水道管破裂事件から半月後、その冬2度目の寒波がシベリアからやって来た。その夜は残業になり、いつもより帰宅が遅くなった。交差点の信号が青に変わり、足を踏み出した。不用意な一歩だった。一瞬で視界がひっくり返り、暗い空に流れ星が弾けた。夕食にする筈のザンギ弁当が入ったコンビニ袋を握りしめたまま――親父は救急車で運ばれた。
「北さん、災難でしたねぇ」
果たして白線に宿っていたのは悪魔だったのか。左足の骨折と引き換えに、親父は白衣の天使に出会う。それが、母だった。
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