第五十二話 じいちゃんち

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第五十二話 じいちゃんち

「二人とも起きな。そろそろ着くよ」 「んあ」  ヒューノバーの声に薄らと目を開けた。肩にミスティの頭が乗っており、ふわふわの耳が頬を掠める。くすぐったいな〜と思いつつミスティを揺り起こすと寝ぼけているのか酒のせいなのか、なんとも臆測ない返事が返ってくる。 「次、ウォッカ……」 「無いよウォッカは。そろそろ着くってよ」 「あ〜……あ、そうか旅行だったわね……」 「は〜ねみ〜、頭痛は消えたけど怠いな」 「ワイン二本も開ければね……」  苦笑いのヒューノバーを見つつ伸びをする。ぱきぱきと凝り固まった体から音がした。車窓を見れば海沿いを走っているようで広い海が見える。青色と言うよりは緑色の海だ。まあ海って濁ってる方が魚の餌が豊富とは言うよな。  ミスティも伸びをして頭を起こそうとしている。はあ、と息を吐くと話出す。 「ヒューノバー、ずっと外見てたの?」 「うん。なんか懐かしくて」 「ま、首都とは違う風景よね」  ここ海水浴って出来るの? とヒューノバーに聞けば可能ではあるらしいが、足を持っていかれたくないならやめた方が賢明。と次いで出てきたので絶対に入らないと心に決めた。  下道は車の通りは少なく、徐々に住宅街らしき通りに入っていく。と言っても庭の広い家が建ち並んでおり密集度は日本のように高くはない。  見覚えのある一軒家の前で車が停車し、車止めのスペースに車庫入れをして完全に止まる。 「荷物運ぶから先に玄関行ってて、あ、ミスティこれじいちゃんたちに会ったら渡しといて」 「ああ、言語補助デバイス。そうよね。私たちには一般的だけど、一般人持ってないか」 「これまさか備品持ち出したの? グリエル総督に告げ口しよ」 「いやグリエル総督の許可取ってるから!」 「あー、そういやヒューノバーあんた、グリエル総督と内緒話しに来たわよね。ちょっと前に」 「何を話したんだ。言うんだヒューノバー」 「なんでも……」 「ミツミがご家族と親睦を深めるのも君に与えられた仕事だぞとか言われたんでしょどうせ」 「なんで分かるんだよ……」 「……へっ」 「鼻で笑わないでよミツミ」  思わず薄ら笑いで鼻で笑ったが、なんだかグリエルにどこまで見透かされているのかと恐ろしくなってきた。あのヒト、熊だが狸なところあるよな。 「んじゃ、先玄関行ってるわ」 「お願いね〜」  ミスティと車外に出て思い切り伸びをする。外の空気はなんだか磯の香りも微かに感じる。なんだか懐かしい。 「インターフォン鳴らしちゃっていいのかな」 「そんな時間もかからず来るでしょあいつも。いいんじゃない?」  インターフォンをミスティが迷いなく押したのを見て、ミスティの直感で行動するところ、私の迷子癖と大差ないよな。と頭の隅で考えた。老年の女性の声が聞こえてミスティが対応する。名を告げるとお待ちくださいね。との言葉と共に途切れた。  ヒューノバーはそろそろ来るかな。と様子を見ようとすると扉ががちゃりと開いた。目の前には誰もいない。あれ? と思っていると、ミスティが声を上げた。 「ミツミ見て! ヒューノバーが小さくなってる!」 「え?」  ミスティが下に目線を下げているのを見て私も目線を下げると、小さな虎の獣人の子供がいた。ヒューノバーにとてもよく似ていると感じる。私たちの腰ほどの身長しかない小さな子供だった。 「やべ〜。幻覚見始めちゃった。酒の飲み過ぎだよ」 「あのワイン二本だけじゃなくて、五百リットルくらいあったかもしれないわね」 「あのワインボトルに酒を入れると無限に出てくるんじゃあ……」 「あれ家宝にするわ」 「そんなわけないから酔っ払いたち!」  後ろからヒューノバーがやってきて、うわー! ドッペルゲンガーだあ! とミスティと二人して叫ぶ。 「違うから、ヒューノバーは俺だから! その子甥っ子!」 「なにい! ヒューノバーお前甥っ子さんがいたのか!?」 「そういえば、三人兄弟の真ん中だっていつだったか聞いたわね」  ヒューノバー幼児化改め、ヒューノバーの甥はぱちぱちと不思議そうに瞬きをしながら私たちを見つめている。かわいい〜とミスティと共にしゃがみ込みきゃいきゃいしていると、扉の奥から猫獣人の女性が姿を現した。 「あら〜すみませんね〜。ひ孫元気なもので……。上がってお嬢さん方。ヒューノバーも、久しぶりねえ」 「ばあちゃんただいま」 「はい、おかえり。さ、どうぞ入って」  ヒューノバーの祖母はヒューノバーの甥の手を引いて中へと招き入れてくれた。見覚えのある内装で、やはり心理世界で見たからなのだろう。  リビングへと向かう入り口に入ると、第三のヒューノバーが待っていた。 「ミスティ! ヒューノバーが、ヒューノバーが増えている!!!」 「酒の飲み過ぎだわ」 「あれ兄貴だから!」 「おー、ヒューノ。綺麗なお嬢さん連れてるなあ。どっちがお前の番?」 「兄ちゃん!!!」 「うるさいな〜。お前たちもう少し静かになさい」  ソファに座っていたのはヒューノバーの心理世界で見た祖父のようだった。あの記憶の中よりも少しばかり老け込んだだろうか。 「あ、すみません」 「……? 聞き慣れない言葉だねお嬢さん」 「あ、ミスティ」 「ああ、すみませんこちらをお使いいただけるとありがたいのですが」  ミスティがヒューノバーから渡されていた言語補助デバイスを祖父母とヒューノバーの兄と甥に渡した。耳に嵌めるのを待ってから、挨拶をする。 「私、細越沢みつみと申します」 「私はミスティ・バーノンと申します。短い間ではありますが、お世話になります」 「聞き慣れない言葉話してた子が番ちゃんだろヒューノ」 「兄ちゃんやめてよ」 「あら本当、薬指に指輪嵌めてらっしゃるわね」 「ヒューノバーにも春、か」 「もうやだこの家族」  ヒューノバーが恥じてるが私は何故か平静を保っていた。よく言うじゃん。焦っている人見ると自分は冷静になるって。 「ヒューノバーから話は聞いているよ。何もないところで悪いが、ゆっくりとしていきなさい」 「ありがとうございます」 「ヒューノバー、お茶お出しするから手伝って」 「うん」  ヒューノバーが荷物を置いて祖母に着いてキッチンへと向かっていった。かけてください。と祖父に言われてミスティと共にソファへと座った。  ヒューノバーの兄は祖父の隣に座り、膝に甥を乗せている。 「どうも、ヒューノバーの兄のノウゼンです。このちびは息子のエリト。妻が身重でして、産まれたらしばらく忙しいだろうから顔見せに来たのと、ヒューノバーのお相手を見たくて?」 「はは、ドモ……」 「いや〜今生で喚びビトに会えるとは思わなかったなあ〜。ミツミさん、弟のことよろしくお願いしますね」  喚びビトは総督府外でも認知されている存在らしい。やはりそれなりに歴史ある制度なのだろう。私の前の喚びビトであるサダオミやそれ以前の喚びビトだってこの惑星に生きて存在していたのだろうし、一般に認知があっても不思議なことではなかった。  ノウゼンの膝に座っていたエリトがミスティと私の膝元へとやってくると、二人してエリトにこんにちは。と挨拶をした。 「エリトくんは今何歳ですか?」 「さんさいです」 「かわいいね〜。お兄さんになるんだねえ」 「うん! あのね。おかあさんおんなのこだってゆってたよ」 「へえ、妹ちゃんが産まれるんだね。楽しみだねえ」 「うちの妻、ミツミさんと同じ人間なんだ。産まれたらお二人も遊びにおいでよ。ミツミさんはヒューノバーと付き合ってるんだろ? もしかしたら身内になるかもしれないしさ」 「ですってよミツミ。身内公認になるチャンスよ」 「からかうなよ」 「事実じゃない。あんた喚びビトなんだから」  ミスティに茶化されつついると、ヒューノバーの祖父が話しかけてきた。 「ヒューノバーは昔から聡い子でね。心理潜航の才能があると聞いた際には驚きましたが、ミツミさんの話を聞いた時も驚きましたよ。まさか喚びビトさんと番うことになるとは思っていなかったからね。今後ともよろしくお願いするよ」 「こちらこそ」 「はいはい。じいちゃんお茶」 「ああ.ありがとうヒューノバー」  キッチンから戻ってきたヒューノバーと祖母がお茶を持って帰ってきた。リビングに全員集うこととなり、きゃいきゃいとヒューノバーの膝によじ登っていったエリトに微笑ましく思う。お茶に口をつけると祖母が話しかけてきた。 「ミツミさん、ヒューノバーのどこが好きなのかしら」 「え」 「だってアースからやってきて出会うだなんて運命的じゃあない? お付き合いはなさってるのよね? 気になるわよ」  部屋中の視線が一気に私に集まる。顔に熱が集まってきているのを感じ、これ、言わねば逃してもらえそうにないな。とあのう。と口籠る。 「その、穏やかで優しいですし、えと、……ヒトとして尊敬できるところもあるなあと……。私が困っている時に助けてくれた時もありますし、頼りにもなりますし」  リリィに絡まれたりしていた時を思い出し、あの時は本当に頼もしかったと思う。こう言っちゃ浮かれていると思われるかもしれないが、一瞬王子様に見えた時もあった。それを改めて考えると、私は結構ヒューノバーのことを真面目に好いているのだろう。それを自覚して益々恥ずかしくなってしまって俯いた。 「やだ〜おじいさん可愛いわこの子」 「あまりからかうものじゃあないよおばあさん」 「ふふ、よかったなヒューノバー」 「……うん」  ヒューノバーの顔を見ることができない。顔赤いだろうな。と火照る頬に手の甲を当てる。 ミスティが肘で小突いてきたので見ればにゃにやと笑っている。 「なにわろてんねん! 見せ物ちゃうで!」 「はいはい、すみませんねえ。面白くって」  ふふふと笑うミスティに悔しくなっていると、お茶を飲んだら近場の案内でもしようとヒューノバーが告げる。穏やかに微笑んでいるのを見て益々恥ずかしくなるのだった。 「えったんもいきたいなあ」 「兄ちゃん、エリト連れてってもいい?」 「行くのって海辺りだろ? 入らせなきゃ連れてってもいいよ」  と言うことで茶を飲んだ後、エリトも仲間に加えて近場の散策に出かけるのだった。
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