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第一話 惑星転移
「じゃ、帰り気をつけて、みつみ」
「うん、じゃあなあ〜またね〜」
東京駅の改札口にて友人と手を振って別れる。地方から首都圏の街に、高校からの友人宅へと遊びに来ていたがそれももう終わりだ。帰りの新幹線の時刻表をスマホで確認し、お土産を駅構内で選ぶ時間くらいは余裕を持って来てよかったと考える。
二泊三日の上京だったが、友人といると飽きがこない。ぺらぺらと三時間くらい話し合っていたかと思えば、その後数時間ほぼ無言の状況が続いても気まずくもならないし、長年の親友と言ってもいい間柄だ。次会えるのは、また来年か。それとも友人が帰省する時にでも会えるかどうか。先のことはまだわからないが、連絡手段が発達した現在においては、直接会えない期間があってもそこまで苦にはならなかった。いい友人を持ったと思う。次会う時はまた、地元の酒でも持って行こう。
駅構内を歩き土産を探す。目ぼしいものは前もって調べてあった。その店舗を見つけて親への土産を手に入れ、早めに新幹線乗り場へと向かうかと案内標識を探しながらキャリーバッグを引く。
ぺか、と足元が光った気がした。ん? と確認のため足元を見ると、なんだか幾何学模様が描かれ、それが光っている。一瞬の暗転ののち、地面の幾何学模様は色を失ったかのように黒く静まった。
何が起こったのか、理解できなかった。ただ、聞き覚えのない言語が聞こえてきた。顔を上げれば、獣の顔、体は軍服のようなものを身に纏った人間のものなのに、頭に獣の顔がのっている。熊のように思えた。
ひゅ、とか細く喉が鳴った。その得体の知れない何かが、恐らく言語を放った。だが私にはそれが何語なのか理解出来なかった。英語の響きとも違う。日本語では勿論ないし、中国語や韓国語の響きでもない。ヨーロッパ圏の言語か? と思いはしたが、知識に明るくない私はすくみ上がってしまった。
得体の知れない何かは、固まっている私に近づくと、私の左耳に触れ、何かを耳腔に押し込まれた。
「私の言葉がわかるかい」
「……え」
言語が理解できる。ただ、右耳から聞こえる言語は先程と変わらない。左耳からは、はっきりとした日本語が聞こえてきた。
「その言語補助デバイスは君に差し上げよう。さて、ようこそ我が国へ」
「え、と」
「私はグリエル。君の名前は?」
「あ、の、……細越沢、みつみ。です」
「ホソゴエザワはファーストネームかい?」
「あ、いえ、みつみがファーストネームです」
「そうかい。ミツミ。君はどこから来た?」
「ど、どこから?」
東京駅から、だが。この場合、国名を言った方がいいのだろうか。目の前の獣顔は、恐らく目を細めて笑っている。と感じる。急な事態に頭が働かなかったが、極力敵意は見せまいとしているのだと理解はした。
「日本国、です」
「そうか、ニホン。以前招いた方と同じか」
「総督、彼は今は」
「ああ、彼なら……」
獣顔の後ろから更に獣顔が現れる。グリエルと名乗った獣顔は熊を彷彿とさせたが、後ろから現れた獣顔は細身で白い白衣のようなものを身に纏った狐のように感じた。
辺りに意識を飛ばせば、他にも総勢十人ほどの獣顔が集っていた。何か端末を手にしていたり、話し合っていたり、こちらの様子を伺っていたり。気を失えるのならば失いたいと今ほど自分の頑丈さを呪ったことはない。
どこなのだろうか。ここは。意識を部屋中に飛ばせば、機械類が多い。部屋の中は少々ぬるく、機械が発している熱でそう感じるのだろう。私が立っている場所は円形に隆起している。幾何学模様は今思えば魔法陣のようにも感じられた。魔法陣とし仮定するが、この円形の魔法陣には多数のコードが伸びており、部屋中に置かれた機械に繋がっている。
「ミツミ」
「あ、はい!」
名を呼ばれ意識をグリエルに戻すと、先程のように目を細めて笑みを作っているようだ。
「聞きたいことは多いだろうが、場所を移動したいのだが、いいかね?」
「は、はははい」
「そう怯えないでほしい。我々は君に危害を加えるつもりはないのだから」
「す、すみません!」
「ヒューノバー、君が今回のサポーターだ。しっかりと、補助をする様に」
「は、グリエル総督」
ヒューノバーと呼ばれたのは獣顔、恐らく虎だと理解した。声からまだ年若いのでは無いかと思わせる初々しさがあった。軍服に身を包んだ体は鍛え上げられているのがわかる。
近づいてくるヒューノバーに少々怯えて後ずさったが、こちらへ、とヒューノバーが私の背に手を当てる。有無を言わさぬ力強さがあった。私は渋々、と言うのは表に出さず怯え顔のままその一室を出た。自動開閉の扉を潜った先には当然廊下だろうが、無機質な廊下だ。前を歩くグリエルと狐顔、ヒューノバーは私の隣に立って歩みを進める。
そう遠くもない場所に目的の部屋があり、自動扉を潜れば小じんまりとした会議室のような場所だろうか。円卓と椅子があり、ヒューノバーに椅子を引かれ席に着く。ヒューノバーは私の後ろに控え、正面の円卓にグリエルが座った。その後ろには狐顔。
「まずは謝罪を。突然お呼び出ししてしまいすまないね」
「いえ……」
「まだ理解が追いついていないだろう。ここは惑星ディノス。君の住まう惑星とは違う惑星だ」
「え?」
「そうしてこの国はエルドリアノス。獣人が住まう国だ。人間も居るがね」
……銀河系、出てしまったのだろうか。私。
異世界転移とかならまだわかる。そう言う物語は知っていたし、浪漫を感じてはいた。しかし異世界ではなく、現実世界においての地球とは別惑星、と言うことなのだろうか。惑星転移か?
「獣人、と言うのは、種族ですよね」
「元は君の星に住まっていた動物と人間を掛け合わせて出来た種族だ」
「掛け合わせ、ですか」
「ああ。アースを出る際に人間は宇宙空間に適応出来る人間が欲しかった。そうして生まれたのが我らだ。君は西暦2025年の人間だね?」
「は、はい」
「我らの先祖は、君の生きていた時代よりも後にアースを旅立った。そうして長い月日、それこそ宇宙航行時に宇宙船の中で何代も重ね、この星にたどり着いた。ここは外銀河系の星だ。気が遠くなるほどの旅だったそうだ」
「はあ……」
「君の生きていた時代では宇宙への旅などそこまで馴染んで居なかっただろう。過去、西暦で言えば、そうだな。今は一万年以上は経っている筈だ」
「一万……あの、銀河系外ってもっと遠いのでは……」
「流石に空間転移装置を使わずに外銀河系へと向かうのは馬鹿のすることだ。アースを出る際に空間転移装置は開発された。それを使って外銀河系のディノスに辿り着いたのだ」
空間転移装置、ワープ装置のことだろうか。と宇宙の旅に意識を飛ばすところを一瞬で現実が襲ってきた。私は何故この惑星へ呼ばれたのだろうか。
「……あの、私何故、その、この惑星へと呼ばれたんですか? 帰れるんですか?」
それを告げると、グリエルは一瞬目を瞑って、息を小さく吐いた。
「我らの問題に付き合わせてしまう事。先に謝罪しよう」
その言葉に、背中に冷や汗が浮かんだ気がした。
「君は二度とアースには戻れない。君は、君たち人類には我らにはない力がある。我らが失った力が」
「戻れない……」
その言葉に、音が遠くなっていく。もう、友人には会えない。親にも会えない。グリエルの話を聞けばわかった。過去から呼んだ意味。それだけ呼ぶのに時間がかかるという事。今この時間に、友人も親ももう亡き者になっているのだろうこと。
グリエルの口は動き続けているが、頭が聞くことを拒否している。言語補助デバイスだったか、それが装着された左耳から右へと言葉は流れてゆく。
ばんばん、と背中を思い切り叩かれてやっと意識が戻った。はっと息を呑む。
「大丈夫ですか!?」
虎獣人、ヒューノバーが私の顔を覗き込み焦ったような口振りで私に呼びかけていた。
瞬きをすれば、ぽろ、と右目から涙が溢れた。
「……すまない。君の意志を無視をする形になってしまい」
グリエルは立ち上がって謝罪の礼を私に向ける。
「君が一生、生きていけるだけのサポートはする。君がこの惑星に生きて、幸福な最後を迎えることが出来るまで」
私に今吐き出せる言葉はなかった。涙をなんとか止めようとするのに精一杯で、口を開けば暴言しか出てきそうになかった。口を真一文字に結んで、膝に落ちる涙を俯いて見つめていた。
後日、しっかり説明をする。とグリエルは告げ、私はヒューノバーに連れられて部屋を出るしか出来なかった。今日は休めと、ヒューノバーにも告げられ、無機質な一室のベッドに潜り込んで泣いた。
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