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氷雨
"……こちらでは今、雨が降っています。
私の涙のように冷たい雨です。
あなたにあのようなメールを書くべきではなかった。
あなたを私は苦しめてばかりいます。
あなたが沈黙しているとき、私は疑心暗鬼に陥ります。
あなたの心が離れたのではないか。
失望されたのではないか。
あらゆる可能性を考えて絶望するのです。
私を愛する彼がいる以上、あなたへの想いは封印しなければばらないのではないか。
そう思うのです。
でも、離れようとしても忘れることが出来ない。
私はあなたとの恋に疲れ、でも、離れることが出来ない。
あなたの優しさに甘えている。
結局、こんな繰り言を書いてあなたを困らせる。
氷雨が何もかもを流して、浄化してくれることを祈るばかりの夜です……"
そこまで書いて、私はしたためる手を止めた。
あの人はこんなメールを読んでどう思うだろうか。
顔をしかめるだろうか。
それとも溜息をつくだろうか。
それすらもわからずに、私は益々暗澹たる気分になる。
一真(かずま)さんは、私の彼・一成(いちなり)さんの二歳年下の従兄弟。
知り合ってもう一年になる。
一成さんの家のパーティーに招かれたとき、一真さんを紹介されて。
そのとき交わした連絡先がその後、私と一成さんにトラブルがあったときに役に立った。
一真さんは私に親切で、好意を持ってくれて。
それはメンタルな面のある一線を越えて……。
けれど、私は一真さんとキスをしたことも手を重ねたこともない。
強いて言えば、メールのやりとりを重ねている。
ただそれだけと言えばそれだけだし、でも、私は一真さんに心をもっていかれてしまった。
ならば、私は一成さんと別れるべきなんだろう。
それができないのは、私と一成さんは家が決めた婚約者同士だからだ。
幼い頃から私は一成さんを兄のように慕っていた。
いずれ嫁ぐ方と教えられ、それに異を唱えたこともない。
今更、婚約破棄などできるわけがない。
何より私は一成さんを愛している。一成さんから愛されている。
なのに私の一真さんに対する想いは……。
わからない。
わからない。
何故、愛する一成さんがいて、一真さんに恋しているなどというアンビバレントな関係が存在するのか。
私には理解が出来ない。
今夜もまた同じ惑いに懊悩し、答えの出ない問いを繰り返す。
外では冬の冷たい雨がしとしとと降っている。
その雨に身を晒せば、雨にこの肌の温もりを奪われれば。
この懊悩から逃れられるんだろうか……。
その時。
メールを受信する音が響いた。
私は恐る恐る、その文章に目を通し、そして深い溜息を吐く。
一真さんの書く文章に私はいつも心奪われる。
こんなやりとりをするから私は一真さんと別れられない。
わかってはいてももはや私にはどうすることもできない。
"苦しみから生まれるのです
すべては
だから、それでいいのです
手の届かないあなたを思い焦がれる苦しみ
それは、とても美しい結晶
僕たちの涙も、想いも、祈りも
それらはすべて清らかで、ひたすら純粋に結晶するのだから
だから、それだからこそ僕はあこがれるのです
遠い空の彼方に存在する、同じ魂を持つ運命の人に
蒼子(そうこ)さん、あなたに"
嗚呼、いつか私は身を裂かれるだろう。
片手を愛する人に預けて、片手を恋する人に伸べている私は、古代ローマの闘技場に引き立てられた囚人のように四肢を裂かれるに違いない。
それがわかっていても私は、恋をすることを止めることが出来ない。
窓辺に再び視線を遣った。
冬の氷雨が私のこの熱い想いを、心を冷まして流して欲しいと祈るばかりの私に、また長い長い時を超える深い静寂(しじま)の夜が来る……。
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