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どうやって戻れば良いんだろう? ブチなら元に戻る方法を知っているだろうか。
大介の手から体を離し、美羽は元きた道を走り出した。
浜田のおばあちゃんに水をかけられた道を戻り、看板ネコのマロンちゃんの前を通り、幼稚園を通り抜ける。
ブチがいない。
「ブチー! どこにいるのー!」
ブチの匂いを必死で探す。道には匂いが残っているのに、ブチが見当たらない。
美羽は慌てた。人間に戻れない事もそうだが、ブチに何かあったのでは、と。車に跳ねられた猫も見たことがある。急にそれを思い出し、美羽はゾッとした。
夢中で探すあまり、美羽は自分も猫だということを忘れていた。
車道の反対側の歩道へ飛び出した瞬間、真横からブレーキの音がした。
目の端に見えた赤い車体と、黒いタイヤ。スローモーションで近づいてくる。ああ、避けられない。そう思ったのに、美羽の体は真後ろから突き飛ばされ、車に当たる寸前で街路樹の植え込みに激突した。
美羽を突き飛ばしたのは──ブチの匂い。
美羽の意識は、ここで途絶えた。
☆☆☆
体が落ちる感覚で、美羽はハッと目が覚めた。目の前に見えるのは、制服のスカート。
「……夢……?」
周りを見渡すと、そこは元いた公園。美羽はブランコに座った状態でいた。
まだ心臓がドキドキしている。
最後の感覚が残っている。
そうだ、ブチ。ブチはどうしたのだろう?
慌ててブランコから立ち上がろうとして、踵に猫がくっついているのに気付いた。ブチだ。
「良かった……! 全部夢だったんだ……!」
でも……全部覚えている。ブチと歩いた道のり、たくさんの人と会い、猫と会い、大介に会った。人間では気付かない、たくさんの匂いと感情。
いつの間にか、美羽のお腹の痛みは消えていた。時計は最初に見た時のまま、8時15分を指している。
ミャウ、と足元でブチが鳴いた。なんと言ったか分からない。でも『頑張れ』『早く行け』と言われた気がした。
「ブチ、ありがとう。行ってくるね」
ブチの体を撫でると、ブチが体をねじって嫌がった。でも、尻尾は美羽の手に張り付いている。
また「人間」が辛くなるかもしれない。
でもその時は思い出そう。白猫の美羽の記憶を。みんなの優しい匂いを。
そう考えながら美羽は歩き出した。
大介の待つ、通学路へ──。
終わり
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