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信号がいつの間にか青になっていたので、渡り始める。今日の道は安全だと知っているが、油断はならない。顔を見てばかりもいられない、と警戒しながら進む。
すると、軽くてやや不規則な足音が近づいてくるのが聞こえた。
これは少し、まずいかもしれないのである。
瞬間、身構える。
「おっきなワンワンだー!」
耳を劈くような声。慌てたように後ろから駆けてくる足音も聞こえるが、もう遅い。
「きゃっ!」
突然のことにさっちゃんがよろけそうになるのを、吾輩は子供に尻を触られるのに耐えながら支えた。
なんとかさっちゃんが転ばずに済んだようで、ホッとする。
「ご、ごめんね、タロウ」
大丈夫である!
吾輩は小さく返事をする。
しかしそれを意にも介さずに尻を撫で続ける子供には、少々困ってしまう。
「こら、コウタ! すみません!」
ようやく追いついた子供の父親が、さっちゃんに謝っている。
謝ってほしいのは吾輩である。
しかし、吾輩が許してもわからないのだから、さっちゃんに聞いてもらうしかあるまい。さっちゃんは吾輩の気持ちをわかってくれているのだ。
「いえ、驚きましたが、私もこの子も無事ですから。触られ方や触られた場所がこの子には嫌だったと思いますが……優しい子ですので」
吾輩は今すぐに飛びついて代弁してくれたことに感謝したかったが、ぐっと堪えて親子に視線を向けた。
「そう、ですか……。いや、本当に、なんと言ったらいいのか……」
父親は子供を抱き抱え、困っている様子で頭を掻く。
さっちゃんはうーん、と少し考えた後、柔らかい笑みを子供に向けた。
「でも、そうですね……。コウタくんに、私からお願いをしてもいいですか?」
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