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「貴女にとっては、ロング・ギャラリーの方が見ていて楽しいのかもしれないわね」
「んー、ギャラリーにある肖像画が全部分かるって訳でもないしなぁ」
「でも、読書をするか絵を描くかと言われれば、絵を取るでしょう?」
「それは勿論」
やや食い気味に言い切られた事にむっとしながらも、趣味は人それぞれだから仕方が無いと嘆息する。私だって絵を描けと言われたら描けないし、色々教え込まれたとしても覚えられる自信は無い。
「中二階にはどんな本があるのかしら……」
『フラットランド』を戻しつつ、中二階を見上げる。そして並ぶ書架を眺めながら一人呟くと、アイリーンが足音を立てずに此方に寄って来た。
「中二階には男性――……旦那様の執務に関わる書類や書物を中心に置かれております」
“男性方”と言いかけたのを、わざわざ“旦那様”に直した事に疑問を抱き、彼女を見遣った。しかしアイリーンは眉一つ動かさず、その表情からは何も読み取れない。
どうせ、言及したところでアイリーンは何も答えてくれないのだろう。はぐらかされるか、答えられないとはっきり言葉にするかの二択だ。吐きたくなる溜息を飲み込み、「何か、理由があって分けているんですか?」と中身の無い問いを投げる。
すると、彼女が怪訝な顔をして此方を見返した。
「……梯子を使わないと中二階には上がれませんので」
「……? 女性は梯子を使わないんですか?」
続けた問いに、アイリーンが今度は分かりやすく顔を顰める。本気で言っているのか、とでも言う様なその表情に、数秒の間を置いた後漸く意味を理解した。
「あぁ、そ、そうですよね。ドレスのままでは、梯子は使えないですもんね」
「それも理由の一つでは御座いますが、女性が梯子を使うのははしたないとお考えになるご婦人が少なくありませんので……。基本的にご婦人やお子様が手に取る書物は下の書架に並べております」
「では、中二階には上がらない方が良さそうですね」
「特に立ち入りを禁じられてはおりませんが、そうしてくださるとわたくし共も安心です」
きっとこの屋敷の夫人は、女性が梯子を使う事を厭悪する人なのだろう。上下で本の種類が分かれている時点でそれは明白であったが、アイリーンの言葉に確信を持つ。
「そろそろ昼食のお時間です。昼食後、庭園にご案内致します」
「庭園?」
「奥様が植物を大変好んでいらっしゃって、奥様お好みの庭になる様に、2人の庭師が毎日手入れをしております。そのお陰か、スタインフェルド家の庭園は趣が深い、芸術的だと社交界でも評判だそうで。是非、お嬢様方にもご覧になって頂きたく存じます」
彼女の言葉に、思わず「へぇ」と気の無い返事をしそうになり、慌てて口をきゅっと引き結ぶ。しかし隣の妹は興味の無さを隠すつもりはないらしく、髪の毛先を弄りながら「ふうん」と言った。つくづく思うが、本当に私の配慮を台無しにする妹である。
私たちに与えられた部屋からは、この屋敷の庭園が一望できる。とはいえ、細部まで細かく見える訳では無い為、本当に趣が深いのか、芸術的なのか、という点は分からない。もしかすると、間近で見てみればその美しさや芸術性が分かるのかもしれない。しかし少なくとも今の私には、いまいち興味が持てなかった。
「庭師が手塩に掛けて育てた薔薇園もありますので、楽しんでいただけるかと思います」
薔薇園、と鸚鵡返しする様に呟き、脳内に沢山の薔薇が咲き乱れる光景を思い浮かべる。品種にもよるが、薔薇は自生する事が出来る植物だ。国によっては自生しないと何かの本で読んだことがあるが、この国では薔薇が非常によく見られる。
しかし、花弁をしっかりと開き美しく咲き誇る薔薇というのは、中々お目にかかれるものでも無い。それにいくら自生するといっても街の至る所に生えている訳では無く、育ちやすい環境へ行かなければ自生した薔薇を見る事は出来ないのだ。
つまりは、私は美しく咲いた薔薇を間近で見た事が無い。それこそ見た事のある薔薇と言えば、花屋に売られている鉢植えや切り花程度だ。それらも美しく咲いていない訳では決して無いのだが、薔薇は管理が難しい様で萎れているものも多く、更に薔薇は他の花よりも高価なのか街の小さな花屋では多くの品種を見る事は叶わなかった。
芸術的な庭園には然程興味が無いが、薔薇園は見てみたいと思う。ついでに薔薇の品種や名の由来なども分かる範囲で教えて貰おう。
その様な知識は、決して無駄になる事は無いだろうから。
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